安いところでいいですか?

「………。」

7時。

約束の場所に向かえば、彼はいた。
イヤホンをつけて音楽を聴く姿はなんとも様になっている。

「あ、月島さん。
お疲れ様です。」

「……お疲れ様。」

「で、わかりました?
俺の名前。」

「…二口…。」

「お、苗字は正解です。
名前は?」

「…ゆうと………。」


「はい、残念でした。」


ニコッと笑う二口。
爽やかな笑顔がより一層むかつく。

二口。
そこまではすぐに分かった。
あのあと体育館に戻って、岩泉に聞いた。
そしたら花巻と松川も集まってきて、彼の名前は『二口』であると教えてくれた。

じゃあ名前はなんて言うんだろう?

岩泉は知らないと言った。
花巻も松川も。
そしたら花巻が「こういうこと詳しい奴いるじゃん。」って及川を指した。


「及川!」


「ん?何?
どうしたの灯ちゃん。」

「あのさ、伊達工の背番号6番の人の下の名前ってわかる?」

「は?」

「知らない?」


「知ってるよ。」


「え!本当に!」

さすが及川。

でも及川は、教えてくれなかった。

「及川?」


「知ってるけど教えてあーげない。」


「……は?」

なんだって。


こんなやり取りがあって、結局及川は教えてくれなかった。
他の部員にも聞いて回ったけれど、誰も下の名前までは覚えていなかった。
そしてわからないまま約束の時間になってしまい、当てずっぽうで言ってみたら違った。

「……ご飯、安いところでいいよね。」

「全然いいですよ。」

微妙な顔の私とは裏腹に、二口はニコニコ楽しそうに笑ってる。

私達はお財布にも優しい、学生の味方のあのファミレスに向かった。
なんとかすぐに入れて、注文した。

15分もすれば注文したものが全て揃う。
ドリア、ピザ、パスタの大盛り、サラダなどなどがテーブルに並べられる。
それとは別で、私の注文したカルボナーラは私の目の前にある。
……本当に、1人でこれを食べるのだろうか?

「……本当に、これ、全部食べるの…?」

「?
はい。
あ、月島さんも食べます?」

ぶんぶんと首を振る。
確かに青城の打ち上げとかで来ると、みんなよく食べる。
前に及川岩泉花巻松川と一緒に食べ放題に行った時は凄かった。
でもそれは4人で食べてたからよくわからなかったけど、1人でこの量と改めて見ると、凄い。


「二口ってかなり食べる?」

モグモグと咀嚼をしている二口。
まるでハムスターを連想させるようなその仕草はなんだか可愛らしい。

「んー…。
運動部の男子なら普通なんじゃないっスか?
鎌先さん…うちの先輩なんてもっと食いますし。」

「そ、そうなんだ…。」

食費とか大変そうだな…。

「月島さんは男の兄弟とかいないんスか?」

「一応お兄ちゃんと弟がいるけど…。
お兄ちゃんはともかく、弟は私と同じくらいしか食べないからさ。」

「へー、少食なんですね。」

「そうかも。
一応運動部男子なんだけどね。
もう引退してるケド。」

「中3?」

「そ。中3。
でも身長は高いんだよね。
二口よりも大きいと思う。」

「げ。
まじすか。」

「まじ。
多分血じゃないかな。
私も女子にしては背、高いし。」

「確かに女子にしては高いかもしれないですね。
だからですかね?
スタイルいいですよね、月島さん。」


「え…。」


思わず、フォークを落としそうになった。

「…俺なんか変なこと言いました?」

「う、ううん。なんでもない。」

褒められて、純粋に嬉しかった。




ありがとうございました。

店員さんにそう言われて店を出る。
本当に全部1人で食べ切った二口。
出費は痛いけど、ちょっと感心してしまった。
私達は駅に向かって歩く。

「ご馳走様でした月島さん。」

「いいえ。
私も楽しかった。」

「俺も色々話せて楽しかったッス。」

…そういえば。

「結局下の名前って何なの?」

ああ、と忘れていたらしい二口。
またニコッと笑った。

「月島さん、甘いものは好きですか?」

「好き…だけど…?」

名前と関係あるんだろうか?


「じゃあ今度の休み、ケーキバイキング行きませんか?」


関係はなさそう。
だけどケーキバイキング……まさか…

「……それって…新しく出来たところ………?」

「そうです。」

「行く!行きたい!!」

ずっと行きたかったところ。
一緒に甘いものを食べに行ってくれるのは蛍か花巻しかいなかった。
でも蛍は受験生だから遊びに連れてくわけにも行かないし、花巻とはなかなか予定が合わなくてずっと行けなかった。

「青城っていつがオフなんですか?」

「基本的に毎週月曜日はオフ。
あと日曜日は今日みたいに練習試合とかなければもうちょっと早く終わるよ。」

「じゃあ来週の月曜はどうですか?
俺んとこもちょうどオフなんで。」

「ほんと?
じゃあその日にしよ。」

「じゃあ連絡先教えてもらってもいいですか?
LINEでもいいんで。」

「じゃあLINEを。
ふるふるしよ、ふるふる。」

2人でスマホをぶんぶん振れば、振動と共に1人のアカウントが入ってくる。
そこには、二口堅治の文字。


「あ、ケンジ。」

「ああ、俺の名前ですか。」

「うん。
やっとわかってスッキリした。
なんでかわかんないけど、及川が全然教えてくれなくてね。」

「及川さん?」

「うん。
うちの主将なんだけど、二口の名前教えてくれなくて。」


「…及川さんと付き合ってるんですか?」


「…ハァ?」

なんかつい最近、似たようなことを聞いた気がする。

「違うんですか?」

「違うんですよ。」

はぁ、とため息をつく。
二口は相変わらずニコニコ笑っている。
なんだかその顔は猫みたい。

「じゃあ月島さんは今付き合ってる人いないんですか?」

「そりゃ…いたら二口と2人でご飯食べに来ないよ。」

「確かに。」

「二口こそどうなの?
かわいい彼女、いないの?」

その瞬間、真顔になる二口。

「……工業高校ってね。
…ほぼ野郎しかいない高校なんスよ……。」

「そ、そっか…。」

二口なら数少ない女の子と付き合えそうな気がするけどな…。
そう思ったけれど、声には出さなかった。
可哀想な気がして。


「あ、じゃあ俺こっちなんで失礼しますね。」

「え、二口わざわざこっちまで来てくれたの?」

改札のところまで一緒に来たから、てっきり二口も電車に乗るのかと思っていた。

「いえいえ、じゃあ気をつけてくださいね。」

そう言った二口は優しい表情をしていたけど、言葉は強かった。
この前のことを、心配してくれているんだろうな。

「うん、ありがとう。
またね。」

「はい、また。」

二口に手を振ると、私は下りのホームへと向かった。


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