厄日ってあるよね。2

だいぶ歩いた。
さっきいたのは北口、そして今いるのは南口。
南口の方が北口より数倍賑わっていて、改札もちょうど反対側だ。
多分見つかることはないだろう。


「ここまでくれば大丈夫だと思うけど…。」


男子高校生の手が私の手から離れる。
急に涼しくなった手。
安心したら、ポロポロと涙が溢れてきた。

「え、ちょ…泣かないでよ。」

アワアワと困らせてしまっている。
ごめんなさい、その一言が出ない。
ブンブン首を振る私に、その人はハァとため息をつく。

「何があったか知らないけどさ、なんで言い返さなかったわけ?」

なんでって…。
そんなの、わからない。

「あんなビッチだとかなんだとか言われてさ、悔しくないの?」

悔しいに決まってる…!
でもそれより先に恐怖が先行してしまう。
口を開けるとガチガチと歯がなってしまい、声にならない。
だから何も言えない。

何も知らないくせに。

そう思って顔を上げる。
その人は私の顔を見て、ニヤッと笑った。


「ああ、それとも本当のことなの?
だから言い返せないとか?
確かにあんたの顔と身体ならいくらでも稼げそうだよね。
ねぇ、いくら出せばヤらしてくれんの?」


………。


「……ハァ?」


いつの間にか涙は止まっていた。
そして見ず知らずの男にここまで言われることのムカつきで、さっきまでの恐怖心も消えた。

「…馬鹿にしないで。
援交なんてするわけないじゃない。
勝手なこと言わないでくれる?」

私の言葉に、その男子高校生はハハッとふんわり笑う。
さっきまでの表情が嘘みたいに。


「なんだちゃんと言い返せるじゃん。
事実無根なら堂々としてなよ。
それにあの人達よりあんたの方がよっぽど美人なんだから自信持って。」


「…………うん。」

さっきまで燻ってた怒りがスッと消えた。
自分でもわけがわからず、素直に頷いてしまう。

「この駅はいつも使う駅?」

「う、ううん。
今日はたまたまこの駅使ってるけど、いつもは駅も違うし時間も違う…。」

「そう。
じゃあ心配ないね。よかった。」

それじゃーねと、その人は手を振って行ってしまった。

それからしばらくしてお母さんが車で迎えに来てくれた。
お母さんの車に乗って気がついた。

あの人にお礼言ってないや。

また同じ時間に駅に行けば会えるかもしれない。
けれど、あの男子高校生ではなく、もしまた先輩達に会ってしまったら。
今日は運良く助けてもらえたけれど、次また助けてもらえるかはわからない。

でも、あの人はどこかで見たことがあるような気がする。

電車の中で見たのだろうか?
確実に喋ったことはない。
でも見たことはある。

……また、会えるだろうか?


家に帰るとご飯を食べてお風呂に入る。
そして今日の復習と明日の予習を軽く行うと、すぐベッドに潜り込んだ。
今日はすごく疲れたから。


『なんだちゃんと言い返せるじゃん。
事実無根なら堂々としてなよ。
それにあの人達よりあんたの方がよっぽど美人なんだから自信持って。』


あの人の言葉が鮮明に蘇る。

…嬉しかった。

美人って言われたことがじゃない。
私の味方をしてくれたことが。
私を助けてくれたことが。

信じてくれる人がいた。

今後また先輩達に会ってしまうかもしれない。
そうしたらきちんと言おう。


過去の自分とはサヨナラしなきゃいけないんだ。


中学1年生の時、お兄ちゃんのあの試合の後見てしまった。
真っ暗な部屋でお兄ちゃんが、ユニフォームを握りしめて泣いている姿を。
でもお兄ちゃんは言った。

『バレーが好き』だって。

私もお兄ちゃんみたいに、きちんと過去と向かい合おう。

その日は確実にやってくるのだから。









「おはようございます。
溝口コーチ。」

次の日、体育館を開けていると溝口コーチがやってきた。

「おう月島おはよう。
昨日は朝練遅刻したらしいな。」

「う……ハイ……。」

なんでみんな知っているのか。

気をつけろよ。なんて言って頭をくしゃくしゃ撫でられる。
なんだかお兄ちゃんの上にもう1人お兄ちゃんがいるみたいだな、なんていつも思う。


「溝口くん、セクハラじゃない?」


着替え終わった及川が、パッとコーチの手首を掴む。
顔はニコニコ笑っている。

「なんだ及川。
別に月島嫌がってないんだから問題ねーだろ。」

「そうだよ及川。
溝口くんの言う通り。」

「月島今どさくさに紛れて溝口くんって言ったな。」

すると急に溝口コーチは、あっ!と何かを思い出したようにポケットから紙を出し、私達に差し出した。

「一応お前らに先に言っとくけど、今度の日曜、伊達工と練習試合だから。」

へー、なんて思いながら助けてくれたあの人も伊達工業だったなと思い出す。



「……あっ!!!」



大変なことを思い出した。

「ど、どうしたの灯ちゃん。」

「なんだどうした月島。」


なんとなく伊達工の選手の顔は覚えていて、1人づつ思い出していた。
するとふと思い出した。

6番の背番号。

助けてくれたあの人は、伊達工の選手であると。


なんでもっと早く気づかなかったんだろう……!


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