月の蛍光灯
家に帰ると、お兄ちゃんが来ていた。
「おかえり、灯。」
「あ、お兄ちゃん。
ただいま。
今日はどうしたの?」
「蛍が遠征から戻るって聞いたから。
……ちゃんと話そうと思って。」
「…そう、なんだ。」
あの日から、蛍とお兄ちゃんはギクシャクしてた。
私もお兄ちゃんとギクシャクしてた時がある。
その時は蛍ほど頑なに避けていた訳ではなかったけれど、少し距離があった。
今みたいに仲が戻ったのは高校に入学した時で、及川にバレー部入部を迫られた私に、バレーに対する気持ちを教えてくれてからだ。
そう考えると、私は及川に人間関係で感謝することが多い。
その分壊されてることもあるけど。
リビングでお兄ちゃんの隣に座り、寛いでいると玄関のドアがガラガラと開く音が聞こえた。
「…ただいま。」
「あ、帰ってきたんじゃない?」
私がそう言うのとほぼ同時に、お兄ちゃんはリビングのドアを開けた。
「うわ、蛍背ぇ伸びたな〜。」
2人は滅多に顔を合わせることがなかった。
お兄ちゃんは久々に見る弟の成長に感嘆した。
そしてそれにびっくりして振り返る蛍。
そりゃそうだ。
蛍だってお兄ちゃんに声掛けられたのは本当に久しぶりだから。
「俺とっくに越されたなあ。」
「…………兄ちゃん。」
どうして?と続けそうな蛍にお兄ちゃんは笑って言った。
「おう、久しぶり。」
蛍は荷物を置くとお兄ちゃんに連れられて庭に回った。
どうなるのか気になって、私も家の中から庭の方へ出る。
庭ではリーンリーンと鈴虫が鳴いていて、夏が終わりに近付いているのを告げる。
「蛍と話すのすげー久しぶりだなー。」
「…そうだっけ。」
「俺が帰ってきてもお前飯ん時以外部屋に隠りっきりだし。」
「…そうだっけ。」
「お前なんか顔つき変わったな。
遠征行ってきたんだろ?
キツかった?」
少し戸惑っている蛍。
そう聞かれて、フィッと目を逸らす。
「フ、フツー…。」
ちょっと笑ってしまった。
「『キツかった』って顔してんぞ。」
お兄ちゃんも笑いながらそう言った。
「………。」
「………。」
タン、タン、タン
お兄ちゃんがトスをあげる音だけが、静かなこの空間に響く。
「…今でもバレーやってるんでしょ。」
先に口を開いたのは蛍だった。
「おう。
チームに入ってるよ。」
「…大会とかあるの?」
「おう。
出るよ。」
お兄ちゃんはトスを止めた。
「『高校であんなだったのになんでまだやるの?』って?」
「「!」」
ドキッとした。
それは私だけではなくて、多分蛍も。
いや、むしろ蛍の方がそうだったと思う。
「それはな。」
お兄ちゃんは私達の方へ振り返る。
そのお兄ちゃんは、優しく笑っていた。
「高校であんなだったからだよ。」
「!」
「今思い出してもクソ悔しいし、『良い経験した』って消化もできない。
お前達にもみっともないトコ見せたしな。」
脳裏に浮かぶ、お兄ちゃんの絶望顔。
お兄ちゃんの顔が険しくなる。
「何もやってないんだ。
高校で。俺は。
バレーの気持ちいいトコ、全然やれてない。」
お兄ちゃんは右手を開く。
その掌は、何本も何本もスパイクを打ち込んだ手。
「でももう知っちゃったんだ。
バレーが『面白い』って事も。
スパイク決める気持ち良さも。
歓声の誇らしさも。」
「!」
蛍の目が変わる。
きっと何かと繋がったんだ。
何かを合宿で掴んだのかもしれない。
「気が済むまで、本気でやれる場所にいたい。」
「…そう。
……そうか。」
蛍は、小さく微笑んだ。
ずっと在ったわだかまりが溶ける。
まだ少しぎこちないけれど、確かに2人空気が元に戻った時だった。
「…そういや明日から大会だって?」
「うん、春高の予選。」
「お前1年なのにレギュラーなんだろ?
凄えじゃん。」
「僕がレギュラーなのは身長があるからってだけだから。」
そんな蛍にお兄ちゃんが一喝した。
「うおぉい!
世の中に身長を羨む奴がどれだけ居ると思ってんだ!
170cmの奴は190cmの奴より20cmも多く跳ばなきゃいけないんだぞ!?
そー考えたらスゲー才能だろ!
誇りに思え!」
「大袈裟だな…。」
ちょっとだけびっくりしてた蛍。
私の頭には岩泉が浮かんだ。
身近にいるからお兄ちゃんの言葉にウンウンと頷く。
「高校男子は身体も出来上がってないし、プレー自体未完成だ。
だからこそ1人の大エースとか1人のチョーデカい奴が居る事が勝敗を分ける事だってある。」
「僕『超』がつく程デカくないけど。」
「身長はそれだけで武器だって話ししてんだろ!
かわいくねーなー!もー!」
「190cm近い男にかわいさ求めないでよ…。」
「かわいくねー!!」
そう言うお兄ちゃんと、軽く受け流す蛍。
2人のやり取りを見てると懐かしくて、嬉しかった。
やっと、元に戻ったんだ。
「灯!
灯も蛍にちょっと言ってやれ!」
蛍の頭をわしゃわしゃ乱暴に撫でるお兄ちゃん。
蛍は抵抗するけど、お兄ちゃんには敵わないみたい。
それで私も一緒になって蛍の頭をわしゃわしゃ撫でる。
「ちょっと姉ちゃん!」
「かわいいよー、蛍。
蛍はずっとかわいいねぇ。」
「はぁ!?」
お兄ちゃんと一緒になって弟を愛でる。
蛍は困惑してるけど、私は嬉しくて嬉しくてたまらない。
3人で、
また仲良しの兄弟になれたから。
夜空には、大きな大きなお月様がキラキラと輝いていた。
fin
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