厄日ってあるよね。
『下手な癖にレギュラーになるなんてほんと図々しいよね。デカ女。』
『うちら3年はこれが最後なのにありえなくない?』
『しかもちょっと可愛いからって男に色目使ってさ。気持ち悪い。』
『普通ここまで言われたらレギュラー降りるか部活辞めるっしょ。
ほんと図々しい。』
コートが怖い。
ボールが怖い。
仲間が怖い。
バレーが…嫌い……。
「……ちゃん。姉ちゃん。」
「ん………。」
目を開けると、薄暗い自室。
目の前には心配そうな顔をした蛍。
時計を見ると、いつも私が起きる時間よりも1時間半早かった。
「……蛍……どうしたの…?」
「どうしたのって…。
姉ちゃんが魘されてたから。」
「あー……。そんなに酷かった?」
「うん、ちょっとね。
僕起きてたから余計聞こえた。」
「そっか。
ごめん、ありがとね。」
「ううん。」
蛍は私の部屋から出て行った。
蛍がこんな早い時間から起きて勉強してるなんて知らなかった。
もう1度目を閉じる。
嫌な夢を見たせいで、中々寝付けない。
なんとか眠りにつけたのは、それから1時間後。
その後私はいつもの時間に起きられるはずもなく、寝過ごしてしまった。
「……嘘でしょ………。」
目が覚めたのは朝練開始時間10分後。
枕元に置いたスマホには、何件も着信が入っていた。
花巻、及川、及川、岩泉、及川、及川……。
最初の花巻は、多分私がいつもの電車に乗っていなかったから不思議に思って電話してくれたのだと思う。
着信の時間すぐ後に、『何かあった?』とLINEが入っていた。
そして及川からもたくさんのLINE。
電話と交互にLINEをしているようだった。
そしてちょうど、11件目の着信が入った。
私は通話の場所をタップする。
『あ!繋がった!!
灯ちゃん!!どうしたの!!?』
「…ごめん……今起きた………。」
怒られるだろうか。
そりゃそうだ。
部室の鍵の管理は私がしてる。
そりゃ予備の鍵が職員室にあるし、体育館の鍵は職員室にあるわけで、練習着を置いてく人はいないから着替えもそこで出来てしまう。
でもそういう事じゃない。
「…ごめん及川……。」
『事故とかじゃなくて安心した。
とりあえず朝練はおいで。
まだ間に合うでしょ?』
「うん。ほんとごめん。」
私は電話を切ると、急いで身支度を整えた。
そしてお母さんに学校まで車で送ってもらえば、朝練が終わる前には学校に着いた。
「本当にごめんなさい!!!」
体育館に入るやいなや、すぐにみんなに謝罪する。
「事故とかじゃなくてよかった」みたいなことをみんな言ってくれて、練習は続行された。
みんなが練習をしている間、私は及川と岩泉とともに部室へ行く。
「春高終わったからって気ぃ抜いてんじゃねぇよ!!」
「本当に、申し訳ありませんでした。」
先ず、岩泉新副主将の雷が落ちた。
床に正座する。
及川はまぁまぁなんて岩泉を諌めてくれてる。
「お前もお前だ及川!
他の部員に迷惑かけたんだからちゃんと月島のこと注意しろ!」
私のせいで怒りの矛先が及川に向いてしまった。
さすがに今日ばかりは申し訳ない。
「でも岩ちゃん、灯ちゃん、いつも遅刻したことないでしょ?」
「あぁ?
いつも遅刻しねぇからってしていい理由にはならねぇだろ。」
及川はしゃがんで私と目線を合わせる。
「ねぇ灯ちゃん。
何か嫌なこと、あったんじゃないの?」
「あ………。」
及川の一言に、岩泉は気まずそうにそっぽを向いた。
「……なんでもない。
ただ、ちょっと……。」
「ちょっと?」
……嫌な夢を見たからなんて、アホらしい。
「……気が緩んじゃっただけなの。
本当ごめんなさい。」
2人に心配をかけたくなかった。
朝のHR15分前。
朝練が終わる時間。
私は体育館に戻ると、1年生と一緒にボールやネットの片付けを行う。
今日私は制服を着ていたので、1年生に先に着替えてくるように指示して黙々と片付けを行った。
「パンツ見えちゃうヨ?」
顔を上げると、花巻がニヤニヤ笑っていた。
もうすでに制服に着替えている。
「大丈夫、短パン履いてるから。」
「なんだー。」
花巻は笑うと、片付けを手伝ってくれた。
「ありがとね、花巻。」
「いえいえ。
無意識に及川に変なこと吹き込んじゃったみたいだし?」
「いや、花巻は悪くないよ。
悪いのは及川…。」
花巻はケラケラ笑うと、一緒に体育館を後にした。
ついている日、というものがあればついていない日、というものもある。
今日はとことん運が悪かった。
悪夢を見たところから始まり、朝練に遅刻。
そして授業中には毎回当てられ、しかも難しいところばかり。
正解するまで立ちっぱなしにさせる先生の授業で当てられてしまったのは本当最悪だった。
しかも日直でもう一人の男子はさっさと帰ってしまった。
「最悪……。」
今日は部活のない月曜日。
なのに放課後まで学校に残らなければならなくなってしまった。
みんなもう、帰っちゃったかな。
帰っちゃったよなぁ…。
花巻と松川は塾だって言ってたし、岩泉も家の用事があるって言ってた。
及川も…甥っ子の面倒見ないといけないっていってたっけ。
ああ、ついてないなぁ。
学級日誌を書き終えると、職員室へと持っていく。
そしたら職員室で、入畑監督に出会った。
「監督。
こんにちは。」
「おお月島。
そういえば今日の朝練、寝坊したらしいな。」
「う………はい。」
「春高終わって気が抜けるのもわかるけど、抜きすぎないようにな。」
「…はい。
気を付けマス。」
怒られるかと思った。
監督は機嫌がいいのか、注意だけで済んでホッとする。
今日1日たくさん悪いことあったし、もう悪いこと、起こらないよね。
………でも、そんなに甘くなかった。
「月島?」
……最悪。
駅で偶然出会ってしまったギャルの集団。
それはまさしく、私が中学在学中に所属していたバレー部の先輩だった。
手が、震える。
「超久しぶりじゃん。」
「…はい、お久しぶり…ですね。」
「久しぶりで話ししたいからさぁ。
ちょっと一緒に来てよ。」
ここでホイホイついていけば、この後何が起こるかなんて大体想像がつく。
わかっているならなぜ逃げないの?
そう不思議に思う人もいるかもしれない。
けど、見つかってしまえば最期。
逃げられない時だってある。
「あんた相変わらずでっかいよね。
遠くからでもすぐわかったよ。」
「そう…ですか…。」
先輩達はニヤニヤと笑いながら私に肩を組み移動する。
私はちょっとかがんだ状態になってしまい、側からみたらおかしな格好。
キョロキョロと辺りを見渡すが、誰とも目が合わない。
…それもそうだ。
私がただ歩いている第三者なら、見て見ぬ振り。
可哀想なヒトだな、なんて思って終わり。
「…つーかさぁ。」
先輩がイライラしたように一言を発する。
いつの間にか明るいところを離れ、ひとどおりの少ない薄暗い路地に来ていた。
「あんた青城行ったんだ。」
「……は、い。」
「及川くんのこと、どんだけ追いかけ回すんだよデカ女。」
心臓が握り潰されるみたいな感覚。
呼吸もし辛い。
言い返せない私に、この人達は中傷の言葉をいくつもぶつけた。
「本当こんなのに好かれて及川くん、可哀想。」
「確かにちょっと可愛い顔してるけど、身長で全部台無し。
カワイソ。」
「お前性格悪いもんな。ブース。」
「お前さ、まだ援交してんの?」
……え?
キャハハと大口を開け、この人達は笑う。
「駅に来たのって相手のオヤジと待ち合わせのため?」
「きんも!
じゃあウチらこいつ連れて来ちゃダメじゃん!」
「クソビッチ。」
「ヤリマン。」
『月島に頼むとさ、タダでヤらしてくれんだってさ。』
嫌だ嫌だ嫌だ。
耳を塞いでしまいたくなるような中傷の言葉。
この場から走って逃げ出したい。
なのに私の体は凍りついてしまったみたいに動かない。
「そういえばアタシの友達、彼女と別れて欲求不満だって言ってたわ。」
その場で電話をかけようとする目の前の女。
………嘘でしょ…?
最悪の結末が、私の頭をよぎる。
なのに動かない。
「それウチの友達も言ってたわ。
彼女いない男、5人ずつくらい呼んでもらおーよ。」
それいーね!なんてゲラゲラ笑ってる。
確かに今日はついてない日だったけど、いくらなんでもあんまりじゃないか。
誰か………助けて……。
「あ、やっと見つけた。」
……なぜかはわからない。
「待ち合わせ場所にいないから探しちゃったよ。」
伊達工の制服に身を包んだ長身の男子高校生。
ニコニコと笑顔。
名も知らないその人に、手を掴まれる。
「おい!テメェ何だよ!」
「はい?
俺の彼女に、何かご用ですか?」
ぽかんとする先輩達。
私も同様に。
けれど
「行こう。」
不思議とその声とその体温に、凍りついた体が溶ける。
私はその見ず知らずの人の手を握り、その場所から逃げ出した。[ 3/41 ][*prev] [next#]
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