坂ノ下商店







「なんで灯ちゃんまで泣いてんのさ。」





そう笑って私の頭をぽんぽんと撫でる及川。
そう言う及川だって泣いてる癖に。


『全国』の壁は

『王者』の壁は



ほんの少しだけ、高くって。



高校生活最後のインターハイが終わった。










「灯、ちょっと取りに行って欲しいものがあるの。
行ってくれない?」


月曜日、学校から帰るとお母さんにお遣いを頼まれた。

「何を?」

「今度自治会で使うものなんだけど、坂ノ下商店に頼んでるものがあるの。
本当は蛍に頼もうと思ったんだけど忘れちゃって。
それ、いい?」

坂ノ下商店…。

「ああ、烏野高校の近くのお店ね。
わかった。いいよ。」

私はお母さんから控えの紙を預かると、制服のまま自転車で坂ノ下商店へと向かった。



十数分自転車を走らせると、大きく『坂ノ下商店』と書かれたお店が見えた。

…人、いる?

チラッと中を覗いて見ても、誰もいない。
もしかしたら、奥にいるのかもしれない。

「…すみませーん!」

そう思って少し大きめの声で呼んでみた。
すると

「はーい!!」

大きな声と、どたどたと走る音が聞こえてきた。
よかった…人いて。

「お待ちどうさまァ。」



「あ。」



「あ?」

見たことある、この人…。

この人………



「烏野のコーチ?」



「あ、ああ、そうだけど…。
なんで知ってんだ?」

私のことをじっと見る烏野のコーチ。
最初はわからないと言うように首を傾げていたけど、気付いたようでポンと手を打つ。


「お前、青城のマネージャーの!」


「はい。
青城バレー部マネージャーの月島灯と言います。」

私がペコリと頭を下げると、烏野のコーチも頭を下げた。

「えっと…俺は烏野でコーチやってる烏養繋心です。」

「烏養さん…?」

烏養、その名に聞き覚えがあった。


「もしかして…身内の方で以前烏野の監督されていた方はいませんか?」


「ああ。
俺のじいさんが昔監督してたけど……なんで知ってんの?」

やっぱり。

「私の兄が烏野のバレー部だったんです。
今はもう社会人になってますけど。」

「へぇ。
お兄さんいくつ?」

「22歳です。」

「じゃあ俺はもう卒業したあとか。」

「烏養さんも烏野の卒業生ななんですか?」

「ああ。
もう8年も前に卒業したけどな。」

8年前に卒業…

「え、烏養さん26歳ですか……?」

「…それはどういう意味?」

「…いえ。」

もう少し歳上だと思ってたのは私の胸に秘めておこうと思った。


「あっ!
あといつも弟がお世話になってます!」


そうだ、お兄ちゃんの話ばっかりしてたけど、いつもお世話になってるのは蛍じゃないか。
頭をもう1度下げれば、「あ゛!」と言う烏養さん。


「月島って月島の姉ちゃん!?」


「はいそうです。
蛍がお世話になってます。」

「…へぇー。
世間は狭いな。」

またじっと私を見る烏養さん。
ウンウンと頷いている。

「確かに似てるな、弟と。」

「よく言われますけど…。
そうですかね?」

確かに髪質とかは似てるかもしれないけど…。
あ、あと身長高いところも似てるか。
でもそんなに似てるとは思えない。

「まあ、自分だとよくわかんねぇよな。
……そういや、今日は何しに来たんだ?」

「あ、そうでした。」

私は預かっていた紙を烏養さんに渡した。
その紙をみて、烏養さんは「げっ」とこぼした。
何かまずいことでもあったのか。

「悪い、これまだ準備出来てねぇんだ。
ちょっと待っててもらっていいか?」

「ああ、なんだ。
全然大丈夫です。
むしろ手伝えることがあれば手伝います、私も。」

「じゃあ頼んでいいか?」

「はい。」

お店のカウンターから少し離れた椅子に座り、そこで作業を始めた。
頼まれたのは、まとめて袋に入れられているものをバラバラにして1個1個詰め直すこと。
作業自体は単純だけど、量が多い。

「悪いな、手伝ってもらって。」

「いえいえ。
こういう作業も嫌いじゃないので。」

烏養さんは売ってるお茶を1本くれた。
ありがたい。

「ありがとうございます。」

「いやいや。
そんなもんで悪いね。」

「いえ、ありがたいです。」

「そういや青城って今日は練習ないの?」

「はい。
月曜日は基本的にオフなんです。」

「へぇ。」

たまに会話をしながら、黙々と作業を行う。


そして、作業も終わりに差し掛かった頃だった。

ダダダダダダダ!!

「?」

突然、外から足音が聞こえた。
それは近づいて来る。

そして



「ちわす!!コーチ!!!」



元気な声で入ってきたオレンジ頭。


「うるせぇぞ日向!!!」


怒鳴る烏養さん。
入ってきたのはチビちゃんだった。
チビちゃんはそのことを謝りながら烏養さんのもとへ行き、何かを話していた。
そういうのはあまり私は聞かない方がいいだろう。
…まあ敵チームの情報はあった方がやりやすいけど、そこまで重要な事ではなさそうだ。

烏養さんは一通り話すと、1度店の奥へと行き、チビちゃんはお店の中をウロウロしてた。
まだ私には気付いてないみたい。


「あっ!」


ん?
チビちゃんはお店の棚の上に、何かを見つけたらしい。
それに手を伸ばしている。
けれど、ギリギリ届かない。

私ならいけるかも。

私は立ち上がると、チビちゃんの横で上に手を伸ばしてみた。

「あっ…!」

うん、やっぱり届いた。

「はい、どうぞ。」

それを渡せば、チビちゃんは固まった。
びっくりさせちゃったのかもしれない。

「ご、ごめんね?」

チビちゃんは、ハッ!!とすると頭を勢い良く下げた。

「あざす!!」

一瞬びっくりしたけど、必死な姿がなんだか可愛くて思わず頭を撫でてしまった。

「ふぁ!?」

びっくりして頭をあげるチビちゃん。

「あ、ごめん、なんか自分よりも小さい男の子って新鮮で…。」

「エ゛…。」

「あ…ごめん……。」

手を離す。
髪、ふわふわしてた。
蛍みたい。

「えっと……月島のお姉さんは…どうしてここに?」

「ちょっと、家のお使いでね。」

「月島家ですか?」

「そう。月島家。」

くりくりと大きな目。
なんだかすごく可愛い。
そういえば…


「チビちゃんって名前なんていうの?」


ちゃんと名前を聞いたことはなかった。


「俺、日向翔陽です!」


またペコリと頭を下げられる。
だから、私も返した。

「私は月島灯です。
よろしくね、日向。」

そう言って頭を下げる。

「は!はい!
あ、あの!
月島さんだと月島…えっと俺の同級生の!と被るんで、灯さんって呼んでもいいですか?」

「うん。いいよ。
じゃあ私も翔陽って呼ぼうかな?」

なんてね、と続けようとしたら「あざす!!」と言われてしまった。
…まあいいか。

「翔陽は部活帰り?」

「はい!」

じゃあトビオちゃんもそろそろ来るのかな?そう思った頃だった。



「日向ボゲェ!!!!」



突然の怒鳴り声。
そしてそれとともに入ってきた黒髪の大きな男の子。
びっくりして思わず翔陽の制服をギュッと掴んでしまった。

「なななな、なんだよ影山!」

ビクビクとする翔陽と私。
トビオちゃんは私に気がつくと、今までの鬼の形相がスッと消えた。


「月島さん…?」


「え…あ、はい。」

「なんで、坂ノ下商店に…?」

「あっと…家のお使いで…。」


「月島家のですか?」


「………ぷ。」

「え?」

トビオちゃんが翔陽と同じことを言うものだから笑ってしまう。
事のあらましを説明すれば、何故か喧嘩を始める2人。
なんでだろ、おかしい。


「おい!お前ら何騒いで…!!
って……美女!!!!!」


次に入って来たのは日向よりもさらに小さい人。
この人!!


「!
リ、リベロの…!!」


「俺の事知ってるんですか!?」

「もちろん!!
あの!感動しました!!」


「おいノヤっさ……あ!!!」


次は烏野の坊主くん。

「龍!!
俺は…俺は……!!」

「どうしたノヤっさぁぁぁん!!」

すごい、元気だなぁ。
私的にはリベロくんに握手してもらえてすごく満足している。
手は小さいけれど、たくさん練習してるがっしりした手だった。


そのあと、どうしたどうしたとお店に入ってきた烏野の面々。

「あ!
青城のマネージャー!」

「えっと月島さん?
どうしてここに?」

烏野の主将さんと副主将さんにそう聞かれ、挨拶と理由を言う。
その後ろに立ってた大きい人は多分烏野のエースの人。

「エースの人、ですよね?」

「え、えっと…はい。」

パンパンと主将さんと副主将さんに叩かれてる。
なんかコートと印象が違う。


「あの。」


「はい?」

突然後ろから女の人の声。
振り向けば、そこには美女。

「あ、烏野のマネージャーさん!」

「はい。
清水潔子です。」

「私、月島灯です!」

嬉しい。
こうやって女の子と話せるの。

「潔子って呼んでも…いい?」

「うん。
私も、灯って呼ぶね。」

「……!
うん!ありがとう!」

嬉しい、友達が増えるの。


ちらっとお店の外に目を向けると、眼鏡越しに目が合った。


「蛍!」

私の声に、みんなが振り返る。
ゲッと言うような表情の蛍。
そしてその隣には忠くん。

「忠くん!」

「灯ちゃん!」

「おっきくなったね。」

「うん!お陰様で!」

忠くんと話すとすごくほんわかする。

「で、姉ちゃん何しに来たの?」

「お母さんのお使い。
持って帰るの手伝ってね?」

「それはいいけどさ。」

蛍と話していると、店の奥から烏養さんが出てきた。

「なんだ、お前ら来たのか。
あ、月島姉弟!これ持ってけ!」

烏養さんは荷物を蛍に渡すと、私に醤油を持たせた。

「手伝ってくれてありがとな。
これ、遅くなったお詫び。」

「そんな、悪いですよ。」

「いいから持ってけって。」

「では…お言葉に甘えて。
ありがとうございます。」



「灯さん!
また来てくださいね!」

「うん。
今度は翔陽も青城の方に来てよ。」

「………。」

「冗談だって!」

笑って頭を撫でると、バイバイと手を振る。










「日向といつの間に仲良くなったの。」

忠くんと別れたあと、私と蛍は家に向かって歩く。

「みんなが来る前にね。
てゆうか、烏野の人達みんな元気だね。」

「…まあね。
疲れるけど。」

「蛍にはそのくらいがちょうどいいかもね?」

「はぁ?」

訳がわからないみたいな顔をする蛍。
それを笑って誤魔化す。

「…なんなのさ。」

「ううん。」



蛍には賑やかすぎるくらいがちょうどいい。
きっと蛍のこと、仲間が引っ張ってくれるから。




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