闘士を燃やす



ピピピ…

電子音が鳴り、脇に挟んでいた体温計を取り出す。


「………嘘でしょ…。」


そこに映るのは『38.2』という文字。

「なんで急に熱出ちゃったんだろうね?」

お母さんに体温計を渡すと、表示を見たお母さんに聞かれた。

「……わかんない。」

雨に降られたとか、髪を乾かさなかったとかそんなことはしていない。
大体今は夏。

「後でお粥と薬持ってくるからね。」

「うん。」

お母さんが部屋から出ていく。
…とりあえず連絡しなくちゃ。
監督に電話してマネの1年生に連絡して……及川に………。

とにかく監督に電話をした。
体調管理をちゃんとしなさいという注意をされた後、お大事にと優しい言葉をもらった。
マネージャーの1年生にやることを簡単にLINEで説明すれば、わかりましたとの返信。
そしてお大事にしてくださいと声をかけてくれた。
なんていい子なんだろう。
そして最後に及川にLINEで連絡した。
文字を残した方がいいマネの子と違って、本当は電話の方がいいのはわかってる。
でもそんな勇気なかった。

体調を崩してしまったので今日は休みます。
監督には連絡しました。
仕事は1年生に頼んであります。
迷惑かけてごめんなさい。

そう送った。
送るとすぐに既読が付いた。
そして『了解』と簡素な返事。
怒ってるのかな……及川……。
……そうだよね、今日インターハイだもん……。
…あ。
あと花巻にも送んなきゃ…。

花巻にもLINEを送ると、トントンと部屋のドアがノックされた。

「お粥と薬持ってきた。
入っていいか?」

「え?お兄ちゃん?」

ドアが開き、入ってきたのはお兄ちゃんだった。

「…なんでお兄ちゃん家にいるの?」

仙台で一人暮らししてるお兄ちゃん。
もちろん昨日は泊まってないし、大体昨日も今日も平日だ。
…まさか


「……クビになった……?」


ビシッ

「った…。」

真顔でデコピンされた。
熱出てて頭痛いのにひどい。

「なってないよ。
今日、烏野と青城がインターハイで戦うって聞いたから。
蛍と灯が揃ってるのって今年だけじゃん。
あ、あとこれ、お粥と薬な。
起きられるか?」

一旦お盆を置くと、私が起きるのを支えてくれた。

「あ、ありがと。」

「どういたしまして。
母さんも行きたいって言ってたから家戻ってみたら『灯が風邪引いた』って言うからびっくりしたよ。」

「…ごめん。」

「いいよ。
今は春高もあるしな。
それまでしないんだろ?引退。」

わしわしと頭を撫でられる。
それに対して、私はコクリと頷いた。


「もちろん。」


お粥を食べる。
頭は痛いけど、お腹には入った。
そして薬を飲む。

「じゃあ何かあったら呼べよ?
俺も母さんもいるから。」

「え?
お兄ちゃん蛍の試合見に行かないの?」


「…うん。
今日は家にいるよ。」


お兄ちゃんは食器を持って、私の部屋から出ていった。















『おはよう。』


朝、部室にそう言いながら入った。
部員は私の方を1度見ると、何事もなかったかのように着替えを再開した。

……あれ?

いつもならみんな返してくれるのに。
突然、息が詰まるような不安に襲われた。

『おはよー。』

後ろから及川の声がした。
少しホッとして振り返れば、それと同時にドンッと肩のあたりに衝撃があり、尻餅をつく。
少しあって、私と及川がぶつかったのだと気付いた。

『あ…ごめ…』



『…いたの?』



『え……?』

冷たい声と視線。
グサリと刺さる。

こんな及川、知らない。

及川の後に続き、入ってくる岩泉と松川。
まるで私が見えてないみたい。


『…花巻……。』


最後に入ってきた花巻。
声をかければ私をチラッと横目に見る。

『…私…何か…』



『          。』















「………はっ…。」


目に飛び込んで来たのは私の部屋の天井だった。

…夢?

いくら弱ってるからって、なんでこんな夢見たんだろう。
それに最後に夢の中で花巻に言われた言葉…。
はっきりとは覚えていないけれど、すごくきついことを言われたのは覚えている。
本当によかった、夢で。

窓から差し込む光は、ほんのりオレンジ色に染まっていた。
朝からずっと寝ていたせいで、頭も痛くない。
熱もだいぶ下がったみたい。
あんな夢を見たのに体調は良くなるなんて、どんな皮肉だろう。

「…お腹すいた。」

部屋を出て階段を降りると、リビングにはお兄ちゃんがいた。

「お。
体調良くなった?」

「うん。」

「よかったな。
なんか食う?」

「うん。」

リビングに座らされると、お兄ちゃんが準備をしてくれた。

「ありがと。
お母さんは?」

「自治会とその後買い物してくるって。」

「ふぅん。」

ご飯を食べ切って薬を飲むと、お兄ちゃんが片付けてくれた。

「何から何までありがと。」

「病人なんだからそんなこと気にしない。
ほら、部屋で寝てな。」

「うん。」

部屋に戻りスマホを確認すると、LINEが2通来ていた。
1件は数時間前、もう1件は1時間程前だった。
不思議に思ってLINEを開くと、2通とも花巻だった。


「……え。」


1通目は、私の送ったLINEに対する「了解」の返事。
そしてもう1通は



ピンポーン…



インターホンが鳴った。
そして下から聞こえてくる「おじゃまします」の声と階段を上がる音。


「灯、友達来たぞ。」


ガチャリとドアを開けたお兄ちゃんの後ろにいるのは及川、岩泉、花巻、松川。




「月島大丈夫?」

ひょこっと顔を出した3人の女の子。


「入江…白井……夜久ちゃん…。」


私が呆然としていると、私の部屋の勝手を知っている夜久ちゃん達がテーブルを出して、その周りにみんなが座る。

「お見舞いにチョコケーキ買ってきたよ。
月島の好きなやつ。
食べれる?」

「え…うん。
ありがと……。」

ちょっとまだ理解が追いつかない。
そんな私に、花巻が説明してくれた。

「インハイの会場で夜久達に偶然会ってさ。
月島が体調崩してるって言ったらお見舞い行こ!って。」

「そうだったんだ…。」

花巻からのLINEには『これからお前ん家行く』という簡素なものだった。
流石に花巻だけが来るとは思ってなかったけど、みんなが来てくれるとは思ってなかった。

「こんなに大勢で来て悪いな。」

「ごめんな。」

そう苦笑いする岩泉と松川。


「ううん。嬉しい。
みんなありがとう。」


狭い部屋に高校生が8人。
かなり狭いけど賑やかで嬉しい。
あんな夢を見てしまったあとだから特に。
安心する。



「………で。」



みんなが買ってきてくれたお菓子を食べながら花巻が切り出す。

「?」

花巻はニヤニヤしながら及川を見ていた。


「及川は月島に言う事あるんじゃないの?」


ポロッと手に持っていたプチシューを落とす及川と、私もフォークを落としそうになる。
夜久ちゃん達は「なになに?」と知らないみたいだったけど、松川と岩泉はわかってるみたいだった。


「……灯ちゃん。」


「は、はい…。」

及川は私の方に向くと、ガバッと頭を下げた。
その時にゴツンと床に頭をぶつける音がする。

「え、ちょ…お、おいか…」



「ごめん!!!」



「……えっと……。」

もちろん謝られたことに対しての心当たりはある。


「ごめん…灯ちゃん…。
昨日は魔が差したっていうか焦りが出たっていうか何ていうか…。
体調ももしかしたらそのせいで崩したりしたんじゃないかって…。」


顔をあげた及川は少し俯き、早口でそう言う。
こういうのって勇気いるし、及川も緊張してるのかもしれない。
そう思うとなんだか笑えた。

「…灯ちゃん……?」


「いいよ。
許してあげる。
私も言い過ぎちゃったし、及川には…バレー部誘ってもらった恩もあるし。」


及川の向かいに座る花巻と目が合い、ニッと笑うと花巻も笑い返してくれた。



「でも2回目はないから。」



「……はい。」



私達はまたみんなで話し始めた。
花巻がつくってくれたきっかけと、みんなのお陰で及川とは今まで通りに話せた。


「あ、そういえばインハイどうだった…?」


「うん。
俺達が勝ったよ。」

及川のVサイン。
ホッとしたのと同時に、敗退した烏野のことも考える。

蛍…負けたんだ。


「次はいよいよ白鳥沢戦か…。」


松川がボソッと呟く。
そう、次は県予選の決勝。
勝てば全国。


「女バレはどうだった?」


岩泉が夜久ちゃんに聞く。
夜久ちゃんはニッと笑う。


「もちろん、勝ったよ。」


「次は私達も決勝。」

「今年こそは新山女子に勝って全国行くから。」

白井と入江が口々にそう言う。
ここにいる全員が闘士を燃やす。


『打倒白鳥沢』
『打倒新山女子』


負けられない。



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