嫌な予感ほどよくあたる。



「灯ちゃん、ちょっといい?」


「?何?」

次に試合する学校のためにコートを空ける。
だからクールダウンは一旦体育館から出て行う。
体育館から出るとき、及川に呼ばれた。

「どうしたの?」

「うん、ちょっと。
一緒に来てもらいたいんだ。」

歩き始める及川の後についていく。
少し早足なため、私は小走りになる。

「及川?」

なんか、いつもと違う。

だいぶ離れたところに来た。
そのせいであまり人もいない。
なんでこんなところまで来たんだろう。

「灯ちゃん。」

「うん。何?」

ずっと前を向いていた及川が、やっとこっちに振り向いた。

「あのさ」

「ん?」



「…俺じゃ…だめなの?」



「…は?」

突然で何を言われているのかよくわからない。

「灯ちゃん。」

「………。」

思わず、一歩後ろに下がる。

「なんで二口なの?」

及川がその分、一歩近付いてくる。
そして私はまた一歩下がる。
そしてそれを繰り返すうちに、背中は壁にくっつき、追い詰められてしまった。

やっぱり、いつもと何か違う。
及川が怖い。


「そ、そろそろ戻った方がいいんじゃない…かな?」

「誤魔化さないで。」

気を逸らそうと思ったけど、出来なかった。
逃げようにも壁に手をつかれ、それが出来ない。
所詮壁ドンというものだが、ときめきとは違う意味でドキドキする。

「…何なの…急に…。」

意味がわからない。
及川と目を合わせられなくて、下を向いたまま尋ねる。


「急じゃないよ…。
ずっとちゃんと言おうと思ってた。
…灯ちゃん、こっち向いて。」


そう言われて顔を上げれば、思いの外近くに及川の顔があった。
恥ずかしさもあり熱が顔に上がっていく。

「えっ…ちょ…!」

思わず手で口を覆うとしたら、その手を掴まれる。
嫌な予感。



「ずっと好きだった。」



そう言葉を紡いだ及川の唇が、私の唇に重なった。

思考が停止する。
けれどそんな私のことはお構いなしで、やめることはない。
それどころか、その隙をついて舌を入れられる。

「ン…」

思わず鼻から声が抜ける。
私の知らない大人のキス。
まるで及川に食べられてしまうみたい。


気持ち悪い


及川も、それを強く拒めない私も。
息が苦しくなって及川のジャージをギュッと握れば、ちゅっとリップ音がして及川の唇が離れる。
そんなはずはないのに、何時間にも感じた。

「…なんで……。」

ハァハァと呼吸もままならないまま、及川を睨む。

「言ったデショ?
灯ちゃんが好きだから。」

ニコッと笑う及川に、酷く苛立ちを覚えた。


「……ハァ?」


自分でも驚く程の冷めた声。
一瞬及川もビクッと肩を震わせた。

灯ちゃんが好きだから?

及川が良ければ、私の気持ちなんてどうでもいいの?
本当、自分本位だよね。


「…ねぇ、あんたの好きって……何?」


「…灯ちゃん?」

視界がぼやける。
悔しい、涙が溢れて止まらない。

ファーストキスだったのに…


「…あんたなんか嫌い。」


誰にでもいい顔して女の子の噂は絶えないくせに。
“灯ちゃんしか見てない”
なんて都合のいい事言ったくせに。

だから及川なんて嫌い
すぐに好きって言う奴が嫌い



「チャラチャラした奴なんて大っ嫌い!!」



ドンッと及川を突き飛ばす。
突き飛ばすとは言っても、私の力では少しふらついたくらいだったけど。
私はそのまま走った。


けれど


走ろうとしたら人にぶつかった。

「…ごめんなさ……」


目に入ったのは白地に緑色の見覚えのあるジャージ。
『伊達工業』の文字。
そして視線を上げれば……


「ふた…くち……。」


最悪だ。
二口の目と鼻が少しだけ赤くなっている。
試合に負けて泣いていたのかもしれない。


「何?立ち聞き?」


後ろから聞こえるのは及川の声。

「別に好きで立ち聞きしたわけじゃないですけど?
…そんなことより」

二口は私の顔にタオルを押し付ける。
「ん゛」と変な声が漏れるけれど、それによって涙が拭われる。


「なんで月島さんのこと泣かしてるんですか。」


ぐいっと二口の方に引き寄せられる。
そのせいで心臓がドキドキと高鳴った。


「はぁ?
キミに関係ないデショ。」

「確かに関係ないけど、月島さん泣かしてんのは事実じゃないすか。」

「だからキミには関係ない。
部外者は引っ込んでなよ。」

…どうしよう。
2人の間に不穏な空気が漂う。
もし問題でも起こしたら……。
キョロキョロとあたりを見渡すと、人影があった。



「及川!
監督が……あ。」



「岩ちゃん?」

その人影の正体は岩泉だった。
しまった、みたいな顔をしている。

「…取り込み中だったか?」

「大丈夫だよ。
どうしたの?」

「監督がお前のこと呼んでる。」

渡りに船、とはこういうことを言うのかもしれない。
及川は「わかった。」と、そう言って1人で戻って行った。

「……月島さん、大丈夫ですか。」

「…うん、ありかとう。」

「いえ……。」

残された私と二口、そして岩泉。
……二口には、どこから見られていたんだろう。
二口は目を逸らして合わせてくれない。
また、嫌な予感がした。

「すみません、助けられなくて…。
偶然なんですけど…最初から…見てたのに……。」

「ッ…!」

やっぱり……。
恥ずかしくて、タオルで顔を隠す。
借り物だけど。

「あの…」

「すみません、月島さん。」

「…いや、もういいから…。
できたら忘れてほし…。」

「いえ、そのことじゃなくて…。」


「え?」


タオルを握ったまま、二口の方を見る。
さっきよりも鼻と目が赤くなっているような気がした。



「もう……会いませんから……。」



え……?どうして…?
最初は意味が分からなかった。
けれど、すぐに気がついた。

“なんか二口ってチャラいよね。”

“チャラチャラした奴なんて大っ嫌い!!”


自分がとんでもない発言をしてしまったことに。


「ち、違うの…!」


「すみません。
俺、もう戻らないとなんで。
失礼します。」


「二口…!」

二口はそう言えば行ってしまった。
誤解を解かなければいけないのに、動けなかった。
まるで足が固まってしまったみたいに。


「何があったのか知らねえけど、大丈夫か?」


ポンと、岩泉の手が私の頭を撫でる。

「……どうしよう、岩泉…。」

また、視界が歪んだ。
流れた涙をタオルで拭えば、返し忘れたことに気が付く。
二口の匂い。
さっきまでは何も思わなかったのに、余計涙が出た。

「……とりあえず、戻るか。」

そう、もう青城は試合がない。
だから戻らなきゃ。

うん、と頷けば、岩泉が私の背中を支えてくれた。
「ありがとう」となんとか声を絞り出せば、ハハッと小さく笑われた。

「いつも支えてもらってるからたまにはな。
それによくわかんねぇけど、月島なら大丈夫だろ。」

無責任でごめんな、なんて言って多分苦笑いしてる。

…ほんとだよ、岩泉。
でも………ありがとう。

岩泉の言葉に少しだけ、勇気をもらった気がした。



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