インターハイ



仙台市体育館。
インターハイの県予選が行われる会場を、監督とコーチの後について歩く。


「もう一回見ておかないとな。
烏野1年生コンビのあの強烈な速攻。」


「ハイ。」

監督とコーチはそんな会話をしている。
青城はシード枠だから1回戦目がない。
その分他の学校の試合を観ることが出来るわけだけど、やっぱり監督が選んだのは烏野だった。
監督が振り返る。
そして首をかしげる。


「?
及川どうした?」



え?及川?
私も振り返る。
そういえば、及川がいない。

「エ゛。
えーっと…。」

矢巾が視線をそらす。
どうやら何かを知っているらしい。

「なんだ。」

溝口コーチがさらに聞く。
矢巾は少し言いづらそうだ。


「外で…。
他校の女子に捕まってます…。」


「「……。」」

……あのアホ川。



「…岩泉、月島。」

「ハイ。」
「行ってきます。」

コーチに言われ、岩泉と共にアホ川を探しに行く。


「ったく、何やってんだよあいつ。」

額に青筋を浮かべる岩泉。
それはいつにない迫力だった。


外に出れば、女の子達の集団が見えた。
その中心にいる人物は、女の子達の塊から頭ひとつ分抜けている。


間違いない、あいつだ。


私がそう思ったのとほぼ同時くらいに、私の隣からバレーボールが飛んで行った。

「え?写真?
モチロンイー」


バガァーン!!


「YO」


「ギャアァア!?
及川さあぁん!?」


岩泉の投げたボールは、調子良く喋っていた及川の後頭部に見事にヒットした。

「及川さぁん!?」
「及川さん!?」

及川の周りに集まっていた女の子達はギャーギャーと悲鳴をあげる。
まあ、確かにびっくりするね。

シュルル…パシ

あ、ボール戻ってきた。
戻ってきたボールが岩泉の掌に収まる。

「痛ー」

及川がボールが飛んできたほうを振り返る。
監督にもぶたれたことないのにっ!なんて言いながら。


「!」


けれど、そんなことを言っている場合ではないと気付いたらしい。

くいっ

顎をしゃくる、とはこのことか。
岩泉の只ならぬ雰囲気に、及川は女の子達の方へ向き直る。

「…ゴメン。
写真はまた今度ね…。」

「えぇーっ!」

ブーブーいう女の子達を尻目に、私と岩泉は及川を連れてみんなのところへ戻った。










「あっ!!」

「らっきょヘッド!!!」




2階のスタンドに来た時、下からそんな声がした。
声の主はチビちゃん。
下ではちょうど烏野の選手達がウォームアップをしている。
ま、ちょうどいい場所選んだんだけど。


「らっきょヘッドって何だ?」

「お前以外に誰が居る。」

ブッフと吹き出すのは国見。

「は!?」

思わず私も吹き出してしまった。

「ちょ!
月島さん!?」

「ごめんごめん、金田一。」

金田一には申し訳ないけど、らっきょヘッドは秀逸すぎる。


「月島!お姉さんいるぞ!!」


またチビちゃんの声。
下を覗けば蛍の袖を引っ張ってこっちを指差すチビちゃん。
目をキラキラさせてるのがなんだか可愛くて、思わず手を振る。
ちょっと躊躇いながらも返してくれた。
か、かわいい!
そのチビちゃんの視線が少しずれ、手が止まる。

「…と…」


「やっほー!
トビオちゃんチビちゃん!
元気に変人コンビやってるー?」


隣の及川がチビちゃん達に向かってピースする。

「大王様っ…!」

前が見えづらかったのか、及川は岩泉に手の甲を叩かれる。
チビちゃん達はウォームアップに戻っていく。

戻って行った烏野のコートの向こう側。
そこでは伊達工がウォームアップをしている。

…二口。

目で探すまでもなく、二口のことをすぐに見つけることが出来た。

あっ…。

目が合った。
思わずパッと目をそらす。
どうしよう、そう思っていると及川の声。

「あれっ。

及川の目線の先にはオレンジ色のユニフォーム。

「リベロが居るねえ。
練習試合の時は居なかったのに…。」

そういえば蛍が言ってた。
謹慎から戻ってきたリベロの先輩がいる、って。

「なんかデカい奴も増えてんな…。」

身長の高い選手もいる。
蛍と身長は同じくらいだけど、体格は全然違う。
ぱっと見高校生には見えない風貌だ。

それに、ボールを打っているあの金髪の人は…。

「おや…」

監督とコーチも、同じ人に目がいっている。

「…それと…新しい指導者……ですかね?」

日向オドオドすんなー!
そんな声が聞こえてくる。

「新しい選手に指導者か…。
どんな風に変わったかな…烏野は。」


ホイッスルが鳴り、公式WU終了。
整列し、ホイッスルの合図でお願いしますの挨拶。
ついにインターハイ宮城県予選が始まった。

最初の得点は坊主くん。
すごいキレのあるスパイクだったケド…。
うおあおあぁ!とかホアアア!とかずっと言っててさっそく注意されてる。
元気だなぁ。

そして初めて見るリベロくん。
身長は烏野の中で1番小さいみたい。
でも、リベロとしてのレベルはすごく高い。
ボールをちゃんと拾ったのに悔しがってる。

…ちょっと、気持ちはわかるかもしれない。


「うおっ。
スゲー威力。」


岩泉がそう言う。

「すごいね、烏野のエース。」

「ああ。」

背番号3番。
練習試合では見なかった人だけど、プレーを見ればエースだってすぐわかった。
とにかく威力がすごい。


すげっ!
さすが成人!

烏野に5年留年の人居るんだってよ!

まじ!?
どれ!?

ほらあのヒゲの!


近くに座ってる他校の人達好き勝手な事を言っている。
確かに威力もすごいし、見た目もちょっと高校生にしてはちょっと大人っぽい。
でも、そんなわけないじゃないか。


「どうせ負けたヒト達が適当なこと言ったんデショ。」


「まあ、そうだろうな。」

思わず声に出てた事を、岩泉が答えてくれた。
やっぱり、うん。そうだよね。


視線をコートに戻す。
ボールは今、トビオちゃんの頭上。
トンッとそのボールがあがれば、まるで羽が生えているみたいに跳ぶチビちゃん。
さっきまで興味なさそうにしてた及川も、立ち上がって私の隣に来る。
その及川の目は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供みたい。
けれど、
その目は子供のもつ純粋さだけではなくて、ゾワッとするようなプレッシャーも混ざっていた。


1セット目は烏野がとった。
その時もずっと烏野が優勢だったけど、今は17-08。
2セット目も烏野が優勢だった。


「…烏野は…使いませんね…。
例の『トスを見ない速攻』。」

コーチが監督にそう言った。
確かに今日はまだ1回も使っていない。

「その代わりか…荒削りだが『普通の速攻』が使えるようになってる…。
下手くそな『コースの打ち分け』までしよる…。
自分たちの武器を知り増やし、その試合ごとにベストな攻撃で攻める…。
…色んなことが力任せだった危ういチームに『知恵』がついたか。」

カッカッカッと笑う監督。

「厄介だねえ。」

そう付け加えて。
本当、監督の言っている通りだ。
チビちゃんは少し上手くなった。
だから変人速攻だけじゃなくても戦えるようになったんだ。

『厄介』

本当、厄介だ。

ピーッと試合終了の合図。
2-0で勝ったのは烏野だった。

そしてその隣のコートでも、伊達工が勝利していた。




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