北川第一中。


私は小学3年生の時、バレーボールを始めた。
それは当然、お兄ちゃんの影響だった。
それは初めてお兄ちゃんのバレーの試合を見に行った時。
私はそれに釘付けになった。

雨丸中学。
そう書かれたユニフォームを着た選手達。
コートに立つ選手達の中の1人にお兄ちゃんがいた。
1人の選手がフワッと上に投げたボールをお兄ちゃんが打つ。
それが相手のコートに決まればワァッと歓声が上がる、けれど、私が1番心を奪われたところはそこではなかった。

雨丸中のコートに落ちそうなボールを拾う選手。

ワァア!っという歓声。
他の人達とは違うカラーのユニフォーム。
そして、他の選手よりも一回り小さな体。
私はその姿に、完全に心を惹きつけられた。







「ただいまー。」

「おかえりお兄ちゃん!!」

玄関に座って靴紐を解くお兄ちゃんの背中にしがみつく。

「にいちゃんおかえりー!」

そして蛍も私の真似してお兄ちゃんにしがみつく。

「おう。
どうした?」

お兄ちゃんはニッと笑って私と蛍の頭をわしゃわしゃ撫でる。

「お兄ちゃんに聞きたいことがあって。」

「聞きたいこと?」

「うん。
ねぇ、さっきのバレーの試合でユニフォームの色が違う人がいたけどどうして?」

「ああ、あれはリベロってポジションでな、」

お兄ちゃんはリベロについて教えてくれた。
リベロの役割、リベロの必要性。
そして最後に、小柄な選手が多いということ。

「…身長高いとなれないの?」

私は完全にリベロというものに惹きこまれていた。
けれどネックなことは身長が高いことだった。
背の順では必ず1番後ろ。
男の子と女の子を一緒にした背の順でもそれは同じだった。


「そんなことないよ。」


お兄ちゃんがまた、私の頭を撫でる。

「確かに背の高い選手はMBとかWSに集中してるけど、リベロになったらいけないわけじゃない。
バレー、やりたいのか?」

「うん。」

「そっか。」

お兄ちゃんは笑った。
ちょっと嬉しそうだった。

そして、私は小学生のバレーチームに入った。
それはお兄ちゃんが中学2年生。
私が小学3年生。
蛍が小学1年生のときだった。

「月島さん、本当にいいの?」

「何でですか?コーチ。」

「月島さんはせっかく身長があるのに、リベロで。
WSでもあなたの実力と身長ならこなせるんじゃない?」

「?
私はリベロがやりたいです。」

「…そう。
勿体無いわね。」


勿体無い。


それはよく言われる言葉だった。
どうしてみんながそう思うのかわからなかった。
だって私はリベロがやりたくてバレーをしているのに。
それにこのチームにはWSだってMBだっている。
勿体無い事なんてないじゃないか。



「兄ちゃん高校はどこにすんの?」



1年が経ち、お兄ちゃんは中学3年生。
私は小学生4年生。
蛍は小学生2年生になった。

「烏野。
最近じゃ白鳥沢に匹敵する強豪だ!
高校で絶対全国行くぞ。」

そう言ってお兄ちゃんは勉強を続けた。

烏野高校…。

どんな高校か知らないけれど、何となく私もその高校に通うんじゃないかな、と思った。
その高校へ行ったらバレーがしたい。
本気でそう思っていた。


翌年、お兄ちゃんは無事烏野高校に入学した。


「ハァ〜、タダイマ…。」

「「おかえり!!」」

私と蛍が玄関で迎えれば、疲れているのかそこに座り込む。

「また居残り自主練?」

「皆レベル高いから負けてらんねーんだよ〜。」

ぐだっとしていたお兄ちゃんは、急に立ち上がる。

「でも、目指せ1年でレギュラー入り!」

「部員の数凄いんでしょ?
入ったらカッコイイじゃん!」

「だろ!
あ!母さん明日も弁当3食ね!
朝練後と昼と部活前用!」

「ハーイ
高タンパク&低脂肪でしょ?」

お兄ちゃんが誇らしかった。
それは私だけではなくて蛍も同じ気持ちだったと思う。
それからはあっという間にまた1年が過ぎた。

お兄ちゃんは高校2年生。
私は小学6年生。
蛍は小学4年生になった。


私達は毎日バレーの話をした。

「今日肉屋のおばさんに、『お兄さん烏野のバレー部なんて凄いね。』って言われた!」

「私も言われた!」

お兄ちゃんはタンタンとオーバートスをするみたいにボールを上げている。

「おー…。」

「兄ちゃん明日試合でしょ?
見に行ってもいい?」

「う〜ん。
見られると緊張するからダメ!」

「えー。
ねぇ、今ってポジションどこ?
中学と同じ?」

「そうだよ。」

お兄ちゃんは私達の方を見なかった。

「じゃあエースだ!」

「………。」

ちょっとの沈黙の後、振り返るお兄ちゃん。

「まあな!」

そう言うお兄ちゃんの笑顔は少し悲しげだった。
今思えば、ここで気付けていたかもしれない。
そうしたら、きっと私達兄弟の仲が壊れることはなかった。

「蛍はどうなんだよ。
この前少年団のチーム入ったんだろ?」

「…レシーブ嫌いだ…。」

「最初全然思い通りに飛ばねーだろ!?」

お兄ちゃんが蛍にアンダーのコツを教える。

「でもレシーブは灯の方が上手いから灯に聞いた方がいいかもな。」

「そんなことない。
お兄ちゃんの方が上手いよ。」

「いや、灯の方がよっぽど上手いよ。
あ、あとな、バレーは『繋ぎ』が命なんだから周りの子達とも仲良くしろよ?」

「…してるし」

思わずブッと吹き出す。

「うそつけ!
その顔バレバレだっつーの!
灯も笑ってんじゃん。」

「だって蛍いつもさー!」

「姉ちゃん!!」

「そういえば灯はどうするんだ?」

「え?」

お兄ちゃんの関心は、蛍から私へ移る。

「中学、私立受けるんだろう?」

「あー…うん。」

「え?そうなの?」

「バレー強いとこだろ?
白鳥沢か?」

「千鳥山も強くなかったっけ?」

お兄ちゃんと蛍が顔を見合わせる。


「ううん。
北川第一中学、受けようと思ってる。」


ああ、と頷く2人。

「灯なら大丈夫だろ。」

「姉ちゃん頑張って!」

「うん、ありがと。」





そして私は次の年の春、北川第一中学に無事入学した。



教室には知っている人は誰もいない。
ソワソワとしているうちに先生が入ってきた。
担任の先生らしいけれど、その先生は来るやいなやすぐにクジを引かせた。

「私はみんなが仲の良いクラスを目指したいと思っています。
なので、毎月席替えをします。
今日はその第一回目ということで、荷物と人間だけ移動してください。」

とりあえず、番号の場所に移動する。
担任は隣の人と自己紹介しろと指示する。
男女が混ざった席順で、私の隣の席の生徒は男の子だった。

「俺、岩泉一。よろしくな。」

「私、月島灯。
よろしくね、岩泉くん。」

「岩泉でいいよ。」

「わかった。よろしくね。」

最初に友達になったのは岩泉だった。
部活の話になり、私が女バレに入る予定だと言ったら岩泉は男バレに入ると言う。
もちろんバレーの話で盛り上がり、私はお兄ちゃんの話をした。

烏野高校でエースをしている、と。




私は女子バレー部に入部すると、リベロを希望した。
身長は同学年どころか先輩と比べても1番大きかったけど。
そして顧問や当時の部長からポジションについて言われた。
できたらWSをしてほしい、と。

「今のうちのチーム、身長の高い選手はMBに集中しててね。
WSは弱いわけじゃないんだけど、2年生も多いし身長も低い子が多いの。
だからWSやってくれないかな?」

「でも私まだ1年ですし…。
身長で勝てるわけじゃないですよね?」

「うん。
でも月島は小学生の時からやってたでしょ?
バレー歴は月島の方がよっぽど長いよ。
やっぱりリベロだっただけあってレシーブが綺麗だから試合には出て欲しいな。
それに今は3年生でリベロの子がいるから、引退後は月島がリベロをやったっていい。
サーブとかスパイクの練習は付き合うし。
とりあえず3年生の引退まで…だめかな?」

顧問2人と部長副部長。
私はどう考えても断れる雰囲気ではなかった。

「…わかりました。」

渋々了承すれば、先輩達の表情は明るくなる。
とりあえず、夏までだ。
そう思い、引き受けることとなった。










「ただいま…。」

「姉ちゃんおかえり。
遅かったね。」

「ただいま蛍。
お兄ちゃんは?」

「部屋にいるよ。」

「ありがと。」

私はお兄ちゃんの部屋に向かう。
中に入れば、お兄ちゃんは机に向かっていた。

「おかえり、灯。」

「勉強?
お兄ちゃん強豪校のレギュラーなんだし、推薦とかもらえないの?」

「……まあ、ある程度は勉強しないとな。
どうかしたか?」

「……あのね。」


私はお兄ちゃんに部活で言われたことを説明した。
そして、私はどうしたらいいのか、と。

「そっか。
お前も大変だな。」

お前『も』?

「でも試合に出られるってすごいじゃん。
まだまだお前にはチャンスだってある。」

お前『は』?

「せっかくだし、頑張ってみれば?
出来るポジションが多いことは悪いことじゃないだろ?」

気が付くチャンスはやっぱりあった。
けれど、当時の私は自分のことで精一杯だった。

「でも私、サーブもスパイクもやったことないんだよ?
せいぜい練習でちょっとやってみたくらい…。
先輩は付き合ってくれるって言ったけど今日も少しやったら帰っちゃうし…。」

「でもこの時間まで先輩が付き合ってくれてたんじゃないのか?」

違う。
私はぶんぶんと首を横に振る。

「最初の1時間だけ。
あとはサーブの練習してたの。」

「……1人で?」

「…そう。」

お兄ちゃんはハァと呆れたようにため息を吐く。

「ただがむしゃらにやったって意味ない。
お前は基本が出来てないんだから。
それにオーバーワーク気味なんじゃないか?
怪我するぞ。」

「…ハイ。」

「今度俺も見てやるからさ。」

ぽんぽんと私の頭を撫でる。

「本当?」

「ああ。」

「ありがと、お兄ちゃん。」

次の日からはお兄ちゃんが家で練習に付き合ってくれることになった。
けれど、やっぱり家で練習するのには限界があったし、お兄ちゃんだって忙しい。
結局誰か捕まえては体育館で練習した。

「ごめん、月島。
もう私帰るから。」

「え、あ、はい。
ありがう…ございました…。」


でも結局は、1人でやるしかなかった。


この日も先輩が帰った後、1人残って練習していた。
サーブ練をしようとボールを上にあげた時。



「今日も1人?」



!?

突然後ろから声がした。
振り返れば、体育館の横のドアのところに男子生徒が立っていた。
その生徒は整った顔立ちで、ニコニコと笑っている。
そして

「及川!
どこまでボール拾いにいってんだよ!」

聞き覚えのある声。
そして例の生徒はドカッとお尻を蹴られていた。

「痛いよ岩ちゃん!!」

「うるせぇ!!!…って、月島?」

「い、岩泉…?」

やって来たのは岩泉だった。
大きな目がパチクリと瞬きをして、私とその生徒の方を交互に見る。

「月島、こいつにちょっかいかけられてねぇか?」

「岩ちゃんヒドい!!」

「だ、大丈夫!
ちょっと声かけられただけで…!」

岩泉の目が怖い。
それは私に向けられたものではなかったけれど。

「え、えっと!
岩ちゃんとこの子は友達なの?」

「あ?
まあ、クラスメートだな。」

「岩ちゃんにも女の子の友達いるんだね。」

「…殴られてぇか?」

「なんで!?」

「なんかイラッとした。」

「横暴!!」

2人のやり取りを見ていたら、なんだか面白くて思わず笑ってしまった。

「俺、及川徹。
キミは何て名前なの?」

「私は月島灯。
よろしくね、及川くん。」

「よろしく!
俺のことも及川でいいよ。
それで灯ちゃんは1人で自主練?」

灯ちゃん…。
急に名前呼びなのはびっくりしたけど、まあいいか。

「私のポジションWSなんだけど、サーブもスパイクもしたことなくて…。」

岩泉が首を傾げる。

「月島、リベロじゃなかったか?」

「…うん。
実はね…、」

私は理由を説明した。
及川くんも岩泉もびっくりしてた。
そりゃそうだよね。

「お前…すげぇな。」

「デショ?
もう本当無茶振りされて…。」

「いや、そうじゃなくて。
だって北一の女バレってそもそもレベル高いのによ。
その中でもうWSがいるのにわざわざお前を使いたいって……。
本当にバレー上手いんだな。」

まっすぐにそんな事を言われて嬉しかった。
ケド、そんな事ない。


「私は身長高いから。
それだけだよ。
他の人達だってそう思ってる。」


結局引き受けたのは私だ。
身長高いだけで先輩を押しのけてレギュラーに入れてもらった。
だから私は、せめて足を引っ張らないようにしないといけない。


「じゃあ灯ちゃん、一緒に練習しない?」


「え?」

及川はニコニコ笑っている。

「俺、ちょっとならサーブ教えられるしセッターだからトス上げられるよ。
岩ちゃんはWSだからスパイク教えてもらえばいいよ。」

「え、いいの?」

それは願っても無いことだった。
岩泉も、おう、と頷く。

「もちろん。
その代わり、灯ちゃんは俺達にレシーブ教えてよ。
これでどうかな?」

「私なんかでよければ…!」

「うん。
じゃあよろしくね。」

「ありがとう。」




この日から、私達は3人で自主練を始めた。




「サーブはね、もうちょっとこうした方がいいかも。」

「こう?」

「そうそう。」


及川にサーブのコツを教わり、


「タイミングがちょっと悪いかもな。
だからワンテンポ遅れてからジャンプしたらちょうどいいんじゃないか?」

「わかった。」


岩泉にスパイクのタイミングを教わり、


「灯ちゃん行くよー!」

「お願いします!」

及川からサーブが飛んでくる。
それをレシーブして、ネットのちょっと手前、セッターのあたりに落とす。

「…やっぱり上手いな、月島。」

「ありがと。
レシーブは得意なんだ。一応ね。」

「及川のいつものサーブも拾えるか?」

「え、どうだろ。」

「及川ー!!」


今度は及川から本気のサーブが飛んでくる。
さっきよりも断然早い。
ケド、思うよりも先に体が動いた。

トンッ…

腕は少し痺れた。
けれど、ボールは先程と同じような軌道を描いて落ちる。

「…すげぇ…。
月島やっぱりすげぇな!」

「出来た…!
出来たよ岩泉!!」

「女子で及川のサーブをこんな綺麗に返せるなんてすげえよ!」

ネットの向こう側で、及川もびっくりしてるみたいだった。

私はそのレシーブを、2人に教えた。



そうして、私はサーブやスパイクも人並みに出来るようになった。

しかしやはりまだ、レシーブ以外は素人より少しマシな程度。
私はすぐに、先輩から目をつけられた。


「あんたさ、背が高いだけのくせになんで試合出てるわけ?」


1個上の先輩何人かに囲まれる。
どうしても身長的に私が見下ろすことになってしまうけれど、だからって怖くないわけではない。
浴びせられる誹謗中傷の言葉。
辛かったけど、それを言うのは先輩だけで同級生は助けてくれたし仲良くしてくれた。
先輩達はどうせ私達よりも先にいなくなる。
そう思えば耐えられた。

そして家でも


「灯、調子はどうだ?」

「うん!
人並みにはサーブとかスパイク出来るようになったよ!
まあ…まだまだだけどね。」

「そっか。
……やっぱりすごいな。
先輩が練習付き合ってくれてるのか?」

「ううん。
岩泉と及川が付き合ってくれてる。」

「部活の友達?」

「男バレのね。」

「…彼氏?」

「は!?
違うし!」

「…灯必死すぎて怖い。
…でもま、よかったな。
教えてくれる奴がいて。」

「うん。
すごくありがたい。」


お兄ちゃんにバレーの事を相談して、蛍も含めて3人で練習した。


『月島さん家の子達はみんな仲良しでいいわね』


そう、よく言われた。
私もそう思ってた。

あの日までは…。








「姉ちゃん。」

「どうしたの、蛍。」

「今度の兄ちゃんの大会、応援に行かない?
最後だし。」

「そうだね!
でもお兄ちゃんは来るなって言うから黙って行こうね。」

「うん!
あと僕の友達も誘っていい?」

「もちろんいいよ。
忠くん?」

「そう。
ありがとう。」



そして私達はインターハイ予選の時、仙台体育館へ行った。
コートの中にお兄ちゃんはいない。
控えにも。

向かいの応援席を見つめる蛍。


「……かっこ悪い。」


そう呟いた。
視線の先にいたのはお兄ちゃん。
手には応援用のメガホン。
それどころかユニフォームすら着ていない。

『絶望』

その一言がピタリと当てはまる顔をしたお兄ちゃんだった。





私の心を繋いでいた何かが1つ、プツリと切れた。










「及川くんってかっこいいよね。」


練習後、部員の誰かがそう言った。
ウンウンと頷く他の子達。

「月島もそう思わない?」

「うん、そうだね。」

確かに及川はかっこいい。
バレーは上手いし、努力だってすごいしてる。

と、思ったら、みんなが言っているのは顔のことだった。
なんかちょっと違う。
そしてその中の1人の子が、及川のことが好き、なんて言い始めた。

「月島も応援してくれる?」

「え。
…うん、もちろん。」








「灯ちゃん元気ないね。
どうしたの?」

自主練をしている時、及川に顔を覗かれた。
それだけなのに、ドキンと心臓が鳴る。

「…何でもない。」

「そう?」


よくわからないけれど、多分これは恋心だ。


いつの間にか及川の顔を見るのが恥ずかしくなった。
話すだけで緊張した。
もちろん告白する勇気なんかない。
けれど、応援する、なんて言ってしまったことを少し後悔した。


そして、その後悔が本当になる日が来てしまった。



「月島さ、どうゆうこと?」



女バレの1年生の代表をやっている子に呼び出された。
周りには他の女バレの子。
そして例の、及川のことが好きな子は泣いている。

「あんたこの子のこと応援するって言ったよね?」

「……私、何かした…?」

「とぼけてんじゃねぇよ!」

この時、他のチームメートは私が及川達と自主練していることを初めて知ったらしい。
私としては知っているものだと思っていたから驚いた。

「ち、違うの!」

なんとか誤解を解いたけれど、あまり信用されている様子はなかった。
そして提案されたのは、私にその子が告白するためのきっかけをつくれ、ということだった。

「…うん、わかった。」

私はそう言うしかなかった。








「……灯ちゃん、どうかした?」


その日、偶然にも岩泉はいなかった。
緊張で、声が震える。


「…あのね…及川に…言いたいことがある子がいるの…。」

「?」

そう言えば入ってくる子。
その子はすぐに、及川に告白した。
目の前に私もいたのに。
ちょっと、胸が痛かった。
及川は困ったみたいに私の方をみたけれど、私は目をそらす。
及川がどんな表情をしていたかはわからない。
けれどはっきりと聞こえた。


「…うん、いいよ。
これからよろしくね。」



そうして私の初恋は終わった。




また1つ、何かがプツリと切れた。

これで元に戻ると思ったけれど、結局変わらなかった。
なんとなく私は女バレの子たちに避けられたまま、1年が終わった。


ぶちぶちと、切れていく何か。





「灯ちゃん、練習付き合ってくれない?」


「及川…?
なんで…?」

私はあれ以来1人、もしくは岩泉と自主練をしていた。
なのに、久しぶりに及川が私の前に現れた。

「あの子とは別れたんだ。」

「あ…そうなんだ。」

そんな話は知らなかった。
私達はまた、一緒に自主練を始めた。




「あんたさ、及川くんのなんなの?」




そうしたらまた、そんな風に言われた。
私達はただ、一緒にバレーの練習をしているだけなのに。
ただただ、バレーが好きなだけなのに。


「私、及川くんが好きだから協力してくれるよね?」


また私はきっかけを作る。
そして及川はその子と付き合い始めて私と自主練しなくなる。
別れたらまた戻ってくる。
その繰り返し。


私の恋心なんてとっくに無くなっていた。





『月島ってさ、頼めばヤらしてくれるらしいよ。』





私が中3になる頃には、そんな噂が流れるようになっていた。
噂の元はわかっている。
女子バレー部の子達。

その頃の私は、わけがわからなくなっていた。
どうして私がこんな目に遭わなければならないのか?
そして1つの結論に至ってしまった。



及川と一緒にいるせいだ、と。







「灯ちゃん、今日も自主「ねぇ及川。」


首を傾げる及川。

「もう、来ないで。」

「え?なんで?」

訳がわからないという様子。
当然だ。
でも、この時の私はそんなことまで考えられなくなっていた。


「もう嫌なの!!
だからもうやめて!!
もう来ないでよぉ!!!」


そう言えば、及川は私の肩を掴む。


「なんで?
なんでなの?
ねぇ、灯ちゃん!」


「及川!」

その場に一緒にいた岩泉が、及川を私から引き離す。

「ごめんな月島。」

そう岩泉が言い残し、及川を連れて帰ってくれた。
それ以来、私達が一緒に自主練する事はなくなった。


中学では嫌なことばかりだったし、バレーも嫌いになりかけていた。
けれど、そんな私にもチャンスが巡ってきた。


「月島、リベロ入ってみる?」


ある部活終わりに監督にそう持ちかけられた。

「え…いいんですか…?」

「月島の希望、リベロだったよね?」

「はい。」

「やっぱり月島のレシーブには支えられてきたし。
最後だしね。
早速明日の練習試合でやってみよ。」

「はい!
ありがとうございます!」

嬉しかった。
やっと…。
やっとリベロができるんだ…!

もう中学3年生。
もうすぐ最後の大会も控えている。

最初で最後のチャンスだった。










トン…トン…トトン……




ボールが転がる。
そしてピッとホイッスルが鳴って試合終了。

私の拾ったボールはセッターのほぼ上に上がった筈だった。
けれど、そこにセッターはいない。

どうして?

訳がわからないまま、あたりを見回すと、ニヤニヤと笑うチームメート。



…ぶちん…。

最後、私の心を繋ぎ止めていた何かが完全に千切れた。



…ああ、もうだめだ。




そこにいるのが怖くなって、逃げ出した。

チームメートが怖かった。
コートが怖かった。

バレーが怖くなった。















けれど



『好きです。』



私にそう言ってくれた人はバレーが好きな人だった。



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