そして『ネコ』がやって来た。


「夜久ちゃん!」

「あれ、月島。お疲れー。」

ゴールデンウィーク。
もちろんインターハイが近いバレー部が休みなわけがない。
それは男子も女子も同様で、夜久ちゃんもいつもよりちょっと体育館に残っていたらしい。
私が部室に鍵をかけていた時、偶然会った。
私としては運命感じたけど。

「月島も帰り?」

「うん!
でも1人じゃ危ないから待ってろって言われちゃって…。」

さっき、じゃあ私先帰るね。なんて言ったら、1人じゃ危ないから待ってて、なんて言われた。
及川と花巻に。
私もう高校生なんだけどな、なんて思いつつもそれに従うことにした。
2人の剣幕(特に花巻)がすごかったのと、何よりまた怖い思いはしたくない。
花巻はそのこと知ってるから、特に心配してくれてるんだろうな。

「じゃあ一緒に帰ろうよ。
それなら大丈夫でしょ?」

「ほんと!
一緒に帰る!」

2人なら大丈夫だよね。

「一声掛けたいから体育館寄ってもいい?」

「うん、いいよ。」

2人で体育館へ向かう。
体育館に入る前、外の水道で人影を見た。

「あ、松川。」

私の声に気がつき、こちらに振り向く。

「おー、月島。
あと夜久か。」

「よっ。
おつかれー。」

ヒラヒラと手を振る夜久ちゃんに、松川はヒラヒラと手をふり返す。

「どしたの?」

「及川達に夜久ちゃんと一緒に先に帰るねって伝えといてもらってもいい?」

「あーハイハイそうゆうことね。
伝えとく。」

「ありがとー。
あとこれも渡しとくね。」

私はポケットから部室の鍵を出すと、松川に手渡す。

「部室の鍵?」

「そ。
もし明日も朝練前に練習するなら部室開けて勝手にテーピング使えって伝えて。
アホ川に。」

松川はクスッと笑う。

「わかった。
それも伝えとく。」

「よろしくね。
あ、あと自主練も程々にね。
岩泉もいるし大丈夫だと思うけど。」

及川、案外熱中すると時間も忘れて延々とやっちゃうからな。
最近オーバーワーク気味だしちょっと心配。
………ああ、なんか色々気になってきた。

松川はブッと吹き出す。

「月島心配しすぎ。
大丈夫だよ。
ちゃんと及川自分でわかってるからさ。」

「そ、そうだね…!」

ははっ、と笑う松川。

「じゃあね松川。
また明日!」

「うん。
2人とも気をつけてな。」

「ありがと。」

松川に手を振ると、夜久ちゃんと一緒に学校を出る。

「夜久ちゃんこのあと用事あるの?」

「あー、ごめん。
このあと従兄弟に会うんだ。」

「そっか。残念…。」

もし何にも無かったらご飯食べに行きたいな、なんて思ったケド…。

「なんで?」

「せっかくだからご飯行きたいなって思って。
今日お父さんとお母さん旅行行ってるし、蛍は合宿だからさ。」

「お兄さんは?」

「お兄ちゃんは独り暮らしだから。」

「あ、そっか。
じゃあ家に1人なの?」

「ううん。
お母さんがそれだと危ないからお兄ちゃんとこ泊まりなさいって。」

「じゃあこれからお兄さんとこ行くんだ?」

「そうなの。
でもお兄ちゃん帰ってくるの遅いからさ。
ご飯だけはどうにかしないといけなくて。」

「…そっか。」

「…あ!ごめん!
そんなこと言われたら困るよね!」

なんかこの言い方だとすごく未練たらしく聞こえる。
夜久ちゃんだってこんなこと聞かされたら気を使っちゃう。

「ほんと、気にしないで。
ごめんね。」

「いや…………あ、月島もくる?」

「え?何に?」


「私の従兄弟に会いに。」


「……え?」

びっくりした。

「そんな!悪いよ!」

「全然いいよ。
従兄弟に会うって言っても、従兄弟、たまたま合宿でこっち来てるだけなの。
練習後ならちょっと時間あるっていうからさ。」

「あ…そうなの?」

「うん。
それに向こうもバレーやってるし………多分月島と分かり合えるところがあると思う。」

「私と分かり合えるところ?」

「うん。
だからどう?
一緒に来ない?」

「…じゃあ是非。」

なんか催促したみたいになっちゃって申し訳ないな…。
聞けば、夜久ちゃんの従兄弟は烏野総合運動公園の合宿所に寝泊まりしているらしい。
そこまでは電車移動になる。



「そういえば二口とはどうなったの?」



「え…。」

電車に乗るとすぐ、夜久ちゃんに聞かれた。
びっくりして、思わず定期を落としそうになってしまった。

「…まさかまだうだうだ考えてるの?」

「…えっと…。」

思わず目をそらす。
でも視界の隅に夜久ちゃんが映る。
こっちをジッと見られると、振り返らずにはいられなかった。


「……はい、そうデス…。」


すると、ハァ、なんてため息を吐かれてしまう。

「もう聞いちゃいなよ…。」

「……でも…。」

「………まぁいいけどさ。」

「……実はね。」

「うん?」

本当は、二口から何度か連絡があった。
この前断ってしまったから、その埋め合わせをどうか、という連絡だった。
でもそれを私はなんて返したらいいかわからなくて、考えているうちに何件かまたLINEが来てしまった。

「…で、まだ返してないの?」

「…そう。」

「それ既読スルー…。」

「そうなっちゃうよね…。」

どうしよう。
嫌われちゃったら嫌だな…。
私が悪いんだけどさ…。

「どうしたらいいかな?」

「うーん…とりあえず既読スルー謝って……かな?」

「やっぱりそうだよね…。」

でも二口の誘いの返事をしないのに謝っても変だよね。

「まあ答え出すのは月島だからどうしようもないけどさ、私は聞いちゃえばいいと思うよ。」

「わ、わかった。考えとく。」

話をしているうちに、すぐに目的の駅に着いた。
そこから少し歩けば、烏野総合運動公園がある。

「ここって合宿所あるんだね。」

「ね。
私も従兄弟に言われるまで知らなかった。」

合宿所からはちょっと声が聞こえてきて、電気も付いている。
そして入り口のところに見えた、赤いジャージ。

「あ、いたいた。
おーい!衛輔ー!!黒尾ー!!」

夜久ちゃんがその人達に向かってブンブン手を振る。
かわいい。
そして、相手も同じように手を振り返す。
近付いていくと、びっくりした。

「衛輔久しぶりー!」

「杏花も久しぶり!」

「黒尾も久しぶりだね!」

「そうだな。
……で、こちらで固まってる子は?」

背の高い男子と背の低い男子。
背の高い方の男子はニヤニヤ笑って私を指差す。
でも私としてはそんなことはどうでもよくて。



「夜久ちゃんが……2人……?」



「「え?」」

夜久ちゃんと、背の低い男子すなわちもう1人の夜久ちゃんが私を見る。
従兄弟ってこんなにそっくりなものなの?

「確かに、こいつらそっくりだよな。」

またニヤニヤ笑う背の高い人。
夜久ちゃんと、もう1人の夜久ちゃんも笑ってる。

「この子が灯ちゃん?」

「うん、そう。
かわいいでしょ?」

「そうだな。」

や、夜久ちゃんが私のことかわいいって…!
でも!

「2人の方がかわいい…!」

3人は吹き出して笑う。
なんでこんなに笑われてるんだろ、私。

「ごめんごめん、月島。
紹介するね。
従兄弟の衛輔。」

「夜久衛輔です。よろしく。
俺の父さんと杏花の父さん双子なんだ。
だから似てるんだと思う。」

「そ、そうなんだ。
あ、月島灯です。
よろしく。」

なるほど、お父さんが双子か。
ちょっと納得。

「それでこっちが黒尾。」

黒尾と紹介されたのは背の高い方の人。
大きい。
蛍くらい身長あるかも。

「黒尾鉄朗デス。
夜久と同じバレー部のキャプテンやってます。」

「月島灯です。
キャプテンさん…!」

「はい。」

「………。」

「……?」

「えと…真っ赤なジャージ、イカしてますネ…!」

夜久くんとはそんなことなかったのに、何故か黒尾くんと話すのはちょっと緊張した。
そのせいで訳のわからないことを口走ってしまい、黒尾くんはすごく笑ってる。今ここ。

「お…おい嘘だろ!
ま、真っ赤なジャージ…い、イカして…!ブヒャヒャ!」

「つ、月島緊張しすぎ…。」

夜久くんも夜久ちゃんもつられて笑う。
やばい恥ずかしい。
穴があったら入りたい。

「え、えっと…、あ!高校の名前!
なんて言うんですか!」

とりあえず話題を逸らしてみる。
黒尾くんはまだ笑ってて会話にならないみたいで、夜久くんが教えてくれた。

「音駒高校。
こっちには練習試合で来たんだ。」

「音駒高校…?……ネコ?」

なんか聞いたことがある気がする。
最近?いや、ずっと前?
首を傾げていると、合宿所の看板が目に入る。
烏野総合運動公園……。


「あ!音駒高校!!」


突然私が大声を出したから、夜久ちゃん達はおろか、黒尾くんでさえ笑いを止めた。

「灯ちゃん知ってるの?」

「もしかして、烏野高校と試合しに?」

「え?そ、そう。
なんで知ってるの?」

やっぱりそうだ。
ゴールデンウイーク前、蛍に聞いた。
音駒高校と練習試合するって。
それにずっと昔も聞いたことがあった。
ゴールデンウイーク前に、お兄ちゃんが同じ事を言っていたのを。

「お兄ちゃんも弟も、烏野高校で。」

「へぇ、そうなんだ。
烏野が前の監督の時、うちと毎年練習試してたみたいだもんな。」



そのあと、ちょっとバレーの話で盛り上がった。
黒尾くんはMBで、夜久くんはリベロだと聞いた。


「夜久くんリベロなんだ?
私もバレーやってた時はリベロだったよ。」


「え?
そうだったの?」

私の言葉に驚く、夜久くんと黒尾くん。


「身長あるしMBとかかと思った。」


黒尾くんにそう言われる。
それはよく言われたことだ。

『でっかい癖に。』

でも、私が拾ったボールで繋ぐ。
その感覚がすごく好きだった。


「やっぱり…変かな?」

リベロは小柄な選手が多い。
私みたいにでっかい女がやってたってのはやっぱりおかしいよね。


「そんなことないだろ。」


ちょっと自分の目線より下から、その声が聞こえた。


「身長なんか関係ない。
俺は多分黒尾くらい身長があったからってMBはやってないと思う。
やっぱり選ぶのはリベロだ。」


「夜久くん…。」

そう言ってくれたのは多分夜久くんが初めてだった。
慰めのように今まで言われたことはあった。
必ず最後に『でも、勿体無いよね。』なんて付けられて。

「ありがとう…。」

嬉しかった。
夜久くんと黒尾くんは顔を見合わせて首を傾げる。

「まあ羨ましくはあるけどな、その身長。」

「ぶっ…。」

「オイ黒尾。」

夜久ちゃんもそうだけど、夜久くんにも基本的には身長の話はタブーみたいだ。
身長分けてあげたい、なんて言ったら拗れるだろうな。




「じゃあそろそろ帰ろっか。
結構時間も経っちゃったし。」

時間を確認すると、30分も話していたらしい。

「本当だ。
もうこんな時間。」

黒尾くんと夜久くんは明日も練習試合があるんだろう。
あんまり引き止めたら悪い。
…確か最終日は、烏野と練習試合するんだよね。


「ごみ捨て場の決戦、見に行けたら見に行ってもいいかな?」


思わずそう、言葉が出た。
多分言ったらどっちを応援したらいいのか分からなくなると思うけど、気になった。

「もちろん。」

ニッと笑う夜久くん。
そして

「灯チャンの弟くんのチーム、負かしちゃうと思うけどな。」

なんてニヤニヤ笑う黒尾くん。

「楽しみにしてる。」


じゃーね、と手を振って合宿所から去る。

「じゃ、ご飯食べに行こっか。」

「うん。
夜久ちゃん、ありがとね。」


夜久ちゃん達のおかげで、1つ、肩の荷が下りたような気がした。



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