鈍器で殴られたことなんて無いけれど。
「そろそろ行こうか。」
「そうだね。」
ファストフード店で軽くご飯を食べ、チケットの時間が近づいてきたのでそのお店を出る。
「うわ、結構混んでる。」
ベニーランドの入場ゲートは人で溢れかえっていた。
本当に中で見られるのだろうか。
「もうちょっと早く出てくればよかったかな?」
「ちょっと長居し過ぎたかもね。」
及川と2人で苦笑い。
入場ゲートに並ぶ。
想像していた通りだけど、前も後ろもカップルだらけ。
中には自分達の両親くらいの歳のご夫婦もいたり。
「大丈夫?
灯ちゃん寒くない?」
「大丈夫。
ありがと。」
4月。
日中は多少暖かくなったとはいえ、夜はやっぱりちょっと冷える。
「あ、ゲート開いた。
動くよ。」
「ん。」
及川は背が高いから前がよく見える。
私もだけど。
「灯ちゃん、手ぇ貸して。」
「はい。」
及川に手を差し出すと、ギュッと握られる。
不思議なことに、手を握られても何も感じなかった。
「迷子対策?」
「そ。
迷子対策。」
確かにこの人混みだ。
ちょっと目を離したら離れ離れになってしまいそう。
人波に乗って、会場まで歩く。
そこは広場になっていて、確かにこの人数でも問題なさそう。
「ね、及川。」
「なぁに?」
「あっちって行っちゃダメなのかな?」
「あっち?」
その場所を指差す。
広場よりもちょっと後ろだけど、二階くらいの高さになっている分、見やすそう。
人は割といるけれど、広場ほどぎゅうぎゅうではなく、むしろ広々しているくらいだ。
「なんか特別なチケットとか必要なのかな?」
「うーん?
聞いてみよっか。」
スイマセーンと係のお姉さんの方へ行く及川。
片手は私と繋いでいるから、私も自動的についていくことになる。
「あの場所って行ったらダメなんですか?」
「限定チケットでしたら行くことは可能です。」
「「限定チケット?」」
及川と顔を見合わせる。
貰ったチケットだからよくわからない。
「チケットを拝見させていただいても宜しいですか?」
お姉さんにチケットを渡す。
パッとみると、お姉さんは笑顔で「ありがとうございます。」とチケットを返してくれた。
「こちら限定チケットですので、あちらから観覧していただけますよ。」
「え!ほんとですか!
ありがとうございます!」
「いいえ。
お手数ですが、またあちらでもチケットを拝見させていただきます。
なのでチケットのご用意をお願いします。」
失礼しますと頭を下げて去るお姉さん。
私達もありがとうございますと頭を下げる。
「聞いてみるもんだね。」
歩きながら笑ってそう言う及川。
「ねー!」
その場所まで歩いて行くと、看板が立っていた。
そこには『限定チケットをお持ちの方のみのご利用となります。』の文字。
「本当貰えてラッキーだった。
お兄ちゃんに何かお土産買ってこ。」
「俺からも何かお礼に買ってこうかな。」
「それはお兄ちゃん喜ぶわ。」
「?
なんで?」
「うちのお兄ちゃん、なんか及川のこと気に入ってるんだよねぇ。」
「…ふぅん。」
なんとなく、手に持ったままのチケットの裏を見てみた。
そしたら、とある注意書きが目に止まる。
「……ん?」
「どうしたの?」
「……ほぅ。」
「え、ちょっ!
何!怖いよ灯ちゃん!」
思わず半笑いになってしまった。
「ほらこれ。」
ありがち、といえばありがちだけどさ。
「カップルのみ限定チケットとして有効だってさ。」
ハハ。
乾いた笑いが思わずこぼれた。
「じゃああの場所はカップルしか行けないってこと?」
「そういうことじゃない?
……ってことはあのお姉さんにカップルだって思われたってことでしょ?」
「手、繋いでるしね?」
「あー……最悪。」
「灯ちゃん酷い!
そのおかげでいい場所で見られるのに!」
「……まあそうだけどさ…。」
入り口まで行くと、そこには『カップル限定』の文字。
係りのお兄さんにチケットを見せる。
笑顔で「どうぞ。」と言われて階段を上がる。
ああ、このお兄さんにもカップルだと思われてるんだ…。
でも、そこに上がったらそんな感情吹き飛んだ。
「綺麗……。」
そこから見えたのは、ライトアップされた建物。
そこにプロジェクションマッピングで映像が映されるらしい。
そしてそれだけではなく、その奥にあるイルミネーションまでもよく見えた。
しかもそのイルミネーションはピンク。
まるで桜の花びらみたい。
「すごい!
すごいね及川!」
「そうだね。
すごい綺麗。」
とりあえずスマホで写真を撮る。
それはお兄ちゃんに送ってあげた。
そしたらすぐに変なスタンプが返ってきた。
なんだこれ。
「よければお2人でのお写真、お撮りしましょうか?」
適当にパシャパシャやってたら、係りのお姉さん(さっきとは違う人)がやってきた。
「灯ちゃん、せっかくだし撮ってもらう?」
「うん、そうだね。」
及川がお姉さんにスマホを渡す。
もっと寄ってください、なんて言われて及川にピッタリくっつく。
「はい、チーズ。」
カシャリ。
「確認お願いします。」
及川と一緒にスマホを覗く。
ぱっと見カップルみたいだけど、綺麗に撮れてる。
「大丈夫です、ありがとうございます。」
及川がそういえば、お姉さんが去っていく。
「あとでその画像ちょうだい。」
「オッケー。
ホーム画面にしようかな。」
「やめて。」
流石にそれはきつい。
えー!とブーブー言う及川。
「…じゃあLINEの背景にする。」
「全部にはやめて。
私のだけならいいけど。」
「部活のグループは?」
「………部活の3年グループならいいよ。」
「わかったー。」
及川はベニーランドの曲の鼻歌を歌いながら設定してる。
「できたー。
ほら!
あ、今この画像送っちゃうね!」
「ありがと。」
スマホが振動して、LINEの通知が来た。
「ちょっと!
なんで3年グループのところに写真貼るわけ!」
「間違えちゃった!」
てへ、なんて星の付きそうな言い方。
ムカつくけど…ま、いっか。
一応及川がテスト頑張ったご褒美…なんて言ったらおこがましいかもしれないケド、それも含めて来てるわけだし。
スマホがブーブー言ってる。
これは花巻達から茶化しのメッセージが入ってきてるせいだ。
無視。
そうしていると、たくさんついていたイルミネーションの明かりが消え始める。
「始まるね。」
「ね!」
さっきまでのことは忘れてテンションが上がる。
前の方に行くカップルが多い中、私たちはちょっと後ろの方に行く。
私たちがあんまり前行っちゃうと後ろの人が見えなくなっちゃうし、ぶっちゃけ後ろからでもよく見える。
「綺麗だったね。」
「ほんと。
来てよかった。
ありがとね、及川。
付き合ってくれて。」
「こちらこそ、誘ってくれてありがと。」
下の広場で見てた人たちがいなくなるまで、ちょっと待つことにした。
「…そういえば、明後日烏野と練習試合だね。」
何気なく、その話題を振ってみた。
「ウン、そうだね。
烏野はトビオちゃんが進学したところだし、監督も見ておきたいんじゃない?」
「……トビオちゃん?」
「?」
「あ!トビオちゃんか!」
「?
何が?」
そうかそうか、トビオちゃんだ。
金田一と国見の他にいた北一だった子。
なるほど、トビオちゃん烏野か。
…ん?ってことは……
「コート上の王様?」
「灯ちゃん知ってたの?」
「弟が烏野バレー部だからその異名だけね。
なんでそんな異名かはよく知らないけど。」
「へぇ。
じゃあ灯ちゃんの弟くんのチーム負かすことになっちゃうのかー。
ごめんね。」
「そういうことは負かしてから言ってくださーい。」
「うちのチームは負けないからね。
うちが負けなければ相手が負けるしかないデショ?」
「うん、そうだね。」
及川はちょっと意外そうに私を見ている。
「何?」
「うちの弟だって負けない、みたいなこと言われるかと思った。」
「言うわけないデショ?
確かにうちの弟にも勝ってほしいよ。
でもやっぱり1番は青城。
当たり前でしょ?」
及川は笑う。
ふんわりとした笑顔だったけど、目は真っ直ぐだった。
「…うん。そうだね。
負けないよ、どこのチームにも。」
私達はもう3年生。
あと2ヶ月もしないうちにインターハイ予選だって始まる。
みんなに勝ってほしい。
勝って、勝ち進んで、全国へ行って。
そうできたら、最高に嬉しい。
でも…
「ねぇ灯ちゃん。」
1人の顔がまた、頭をチラついた。
「何、及川。」
及川がニヤッと笑う。
ちょっと嫌な予感がした。
「あそこにいるの、伊達工業の二口クンじゃない?」
………え?
及川の指差す方を見る。
そこにいるのは確かに二口だった。
しかも
「女の子といるね。
手ぇ繋いでるし、彼女かな?」
隣には女の子。
「……そうかもね。」
ガツーン。
鈍器で殴られたみたいな感じって言うのかな。
なんだろう、この気持ち。
なんか……悲しい。
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