▽ 04
(夏目)
名字から貰った飴玉を握ったまま家路を歩く。彼女と話した話を思い返しながら、ふと昨日の事を思い出した。
――――……
「ナ…メ、ナツ…メ」
さっきからおれの名を呼びながら跡をつけてくる“何か”がいる。恐らく友人帳狙いの妖怪だろう。
おれは少し足を早めようと一歩踏み出した瞬間、背中に衝撃が走り前のめりになって倒れた。妖怪はこの好機を逃さず馬乗りになりおれの首を絞め始めた。
「ナツメ、何故逃げる。何故ずっと私に会いに来てくれなかった!!」
首を締めながら叫ぶ妖怪を薄く開いた目で見る。長い髪のせいで表情は分からないがきっと怒っている。
「っ、離せ!」
でも苦しいのには変わりない。おれはいつもの様に相手をグーで殴った。
「い、いたい…」
妖怪はそう言うと顔に手をあてて泣き出した。さっきの威勢はどうしたんだと呆れたが流石に泣かれるとバツが悪い。すまないと手を差し伸べると、妖怪はゆっくりと顔から手を離し此方を見た。
青紫色の髪で片目を隠した薄青色の瞳がおれを捉える。妖怪はおれの顔をよく見るようにその薄青色の瞳を一度細めると、今度は大きく目を開かせた。
「お前、ナツメじゃない!」
「はぁ?」
妖怪の言葉におれは思わず大きな声を上げてしまった。慌てて居直るように咳払いを一つして、ふと考える。この妖怪はおれとレイコさんを間違えているのだろうか?でも襲ってきた時の彼女の発言や呼び名に疑問を感じる。大抵の妖怪はレイコさんの事を“レイコ”と呼ぶ。
取り敢えず念のためにおれはレイコさんじゃないと妖怪に伝えると、妖怪はレイコの事ではないと言って首を振った。
「兎に角お前はナツメではない…」
そう言って哀しそうに顔を歪めた。
しかし、初めてだ。夏目じゃないと全否定されたのは。でもおれは歴とした“夏目”貴志だ。否定されても困る。
「また妖怪に絡まれよって」
そんな中、背後から聞き慣れた声がした。軟弱なやつめ!云々言うにゃんこ先生の顔を掴み、左右に引っ張った。
「離せ、なつめー!」
「…その声は、斑?」
「むっ、お前は五月雨!人の住む場所に出てきても大丈夫なのか?」
先生はぺいっとおれから離れ、短い脚で五月雨という妖怪に近づいた。
「少しの間だけならば。しかし随分と変わったね、斑」
にゃんこ先生を見てクスクス笑う五月雨と言う妖怪に、これは依代の姿だ!と先生はその短い足で地面をバシバシ叩きながら怒る。そんな先生を軽々と抱き上げ尋ねた。
「先生、この妖怪と知り合いなのか?」
「当たり前だ!こ奴も私と同じく高貴な妖怪」
ま、私程高貴ではないがなと要らぬ付け足しをする先生におれと五月雨は苦笑いを浮かべた。
「ところで、何で俺がナツメじゃないと決めつけるんだ?」
さっきから気になっていた事を彼女に聞くと、顔が違うからと気の抜ける返事が返ってきた。どうやら人違いをしていたみたいだ。
「ほう、ということはお前が探しているナツメとやらは、この夏目みたいに妖怪が見えたということだな」
先生は、不細工な顔(本当、多軌の趣味を疑うよ)をさらに崩壊させるようにニヤリと歪ませ笑った。でも同じ名前の人がおれと同じように妖怪が見えているなんてなんだか新鮮だ。
そんな事を考えていると、五月雨が急に咳をし始めた。それは喘息のようにどんどん酷くなっていく。
「長居しすぎたな。早く住処に戻れ」
先生の言葉にええと頷いき、さっきは首を絞めて悪かったとおれに謝罪すると五月雨はすうっと消えるようにこの場から去った。
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