▽ 13
また、あの女の人の夢を見た。
前に見た夢とは違い、今回は白い背景ではなく、どこかの小さな古い祠の前だった。
祠の前で青紫色の髪を持ったあの女の人は月を仰いでいた。
彼女の周りには紫陽花が寂しそうに咲きほこり、そんな寂寥とした景色の中に私は立っていた。
『ナツメ…』
鈴を転がしたような心地好い声で彼女は名を呼んだ。
何故か私には叔父の名の“棗”に聞こえた。
『お前はいつになったら私に会いに来てくれるのだ?』
彼女は切なそうに月に向かってそう言った。
『私の事が、嫌いになったのか?』
身が裂けんばかりの切なく小さい声で彼女はそう洩らした。
『私はもう……、お前を待ち続ける事に疲れた』
『…私にとって人間の時はとても短い』
『だが、』
『愛しいお前を待つこの時は、こんなにも長い』
彼女は懐から何かを取り出した。
それは、花柄のハンカチだった。
それを見た瞬間、私の頭の中で叔父の昔話と夏目くんの言葉が駆け巡った。
【五月雨はずっと君の叔父さんを探していると思う】
もしかして、叔父が話してくれた昔話の女の人は、叔父の想い続けていた人の事なのでは……?
そして、目の前の女の人は叔父の想い人では……?
ふいに叔父の言葉を思い出した。幼い頃に叔父に何故結婚しないかと尋ねた時の事を。
叔父は私の質問に困ったような顔をするでもなく怒るでもなく、ただ切なそうに愛おしそうに空を見上げて
『最愛の人がいるからね。
…もう、この想いを伝える事は出来なくなってしまったけれど、今でも彼女を心の底から想っているんだ』
だから、他の女の人とは結婚しないんだと叔父は柔らかく微笑んでそう言った事を思い出した。
その時の私は幼かったから、その言葉の意味を理解出来なかったけれど、今ならその意味が理解出来る気がした。
「…五月雨」
無意識だった。その名を呼んだのは。
でも呟くように溢した名は私の口から洩れたはずなのに、声は男の人のものだった。
その声は私が大好きだった叔父の声にひどく似ていた。
女の人は、驚いたようにばっと此方を振り返った。
その目は驚きを隠せない様子で…。
彼女は大きく目を見開いたまま、ゆっくりとふるふる震える小さな唇で何かを言った。
『 』
そして嬉しそうに破顔し薄青色の瞳から涙を溢した。
そこで夢が、淡く途切れた。
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