▽ 11
「おじちゃん、雨だ!」
縁側で叔父と遊んでいた私は、曇った空から落ちる雨を見ると急いで玄関まで走り、長靴を履いてきゃっきゃっとはしゃいで外を駆け回った。
「なまえ、傘をささないと風邪引くぞ?」
「だいじょーぶ!だってこどもは、雨の子だもん!」
「それを言うなら風の子だよ」
縁側で私を眺めていた叔父が笑う。
「なまえが風邪を引いてしまったら、叔父さんがお母さんに怒られちゃうから家の中に戻りなさい」
「やだ!外であそぶ!」
「叔父さんがお話をしてあげるから」
「お話?」
「あぁ。なまえはお話好きだろう?」
「うん!」
叔父は膝の上を叩き、おいでと合図をする。私は急いで長靴を脱ぎ叔父の膝の上に座り、叔父は手元にあった洗濯物からタオルを一枚抜き取ると、濡れた私の頭を優しく拭いてくれた。
そして、お話を話し始めた。
「…昔昔、ある山奥に雨を降らす不思議な力を持つ、それはそれは美しい女の人が居ました」
――…ある日、そんな彼女の元に小さな男の子が迷い込んで来ました。彼女は暇潰しにその子どもからかう事にしましたが、からかい過ぎたのか子どもは泣き出し、その場に座り込んでしまいました。彼女はどうしたら良いのか悩み、子どもの周りをあわあわと歩き回りました。それを見た子どもは、面白くって可笑しくって思わず笑ってしまいました。そんな子どもの笑顔を見た彼女も嬉しそうに笑いました。
その事がきっかけで彼女と子どもは親しくなり、休みの日は一緒に山で遊び駆け回り、沢山のお話をしました。
月日は流れ、子どもに物心が付き始めた頃、子どもはある事に気が付きました。
彼女が人間ではないと。
…彼女には、三つ特徴がありました。
一つは、歳を取らない事。
二つは、梅雨を過ぎると会えない事。
三つは、容姿。
彼女は青紫色の髪に薄青色の瞳というなんとも不思議な容姿をしていました。それに、彼女と麓に下りれば彼女が去った後には必ず雨が降りました。
子どもはそれに気が付くと、暫くの間彼女に会いに行かなくなりました。
その子どもは人成らざるモノが視える子で、視えるせいで小さい頃から周りの子にからかわれ、いつも一人ぼっちでした。でも良かった事に、子どものおじいちゃんは視える人だったので家族からは気味悪がられる事はありませんでした。だけど漸く出来た友達が人間ではないとわかった時の子どものショックは大きなものでした。
ある日、ショックで塞ぎ込んでいたいた子どもに、おじいちゃんはこんな話をしてくれました。
『…おじいちゃんはな、友達が沢山居るんだ。その多くは妖怪でな。…この家に家鳴という妖怪が居るだろう?あの小さな鬼の子だよ。あいつとは、小さい頃からの付き合いでな。今じゃおじいちゃんの大親友さ』
だから枠に囚われない自由な生き方をしなさい、と言いました。小さいながらも子どもはおじいちゃんの想いを感じ取り、翌年の梅雨の時期に子どもは彼女に謝りに行きました。ごめんね、と。彼女も黙っていてごめんね、と謝りました。これで仲直りした二人は、今まで以上に仲良くなりました。
でもそれに比例するように、子どもは彼女を好きになっていきました。子どもにとって初めての恋です。この気持ちを伝えるべきか否やで随分悩みましたが、結局伝えませんでした。
それから何年か過ぎたある日、子どもと彼女がさよならをしなくてはいけない日が来ました。子どもが遠い町に引っ越す事になったからです。でも子どもはその事を彼女に言いませんでした。その代わりに、一つ約束を交わしました。
『僕が大人になったら、君に聞いて欲しい事を伝えに来る。例え遠く離れてしまう事になっても……、紫陽花が咲くこの場所で僕が来るのを待っていてくれますか?』
彼女は不安げに薄青色の瞳の中の光を揺らしたけれど、ゆっくりと襟首に手をやると彼女がいつも身に付けているネックレスを子どもに手渡しました。子どもはそれを受け取ると、ポケットから花柄のハンカチを取り出し、彼女に手渡しました。
『君に似合うと思って……ずっと渡そうと思ってたんだ』
『可愛い…。ありがとう』
二人は照れたように笑い、さよならをしました。お互いプレゼントした物を握り、胸には誓った約束を抱いて……――――。
「それからどうなったの?」
叔父の胸に頭を預けながら叔父を見上げた。叔父は私を見ると、そこまでしか知らないんだと苦笑いを浮かべた。
「うー!気になる!」
「ははは。…そうだ叔父さんの話を聞いてくれたお礼に御守りをあげるよ。きっとお前を護ってくれる」
「おまもり?」
うんと頷いた叔父は、いつも首に掛けていた綺麗なネックレスを外すと、幼い私の首に掛けた。
「おじちゃん、この石なんだかそわそわする」
「最初はそんな感じさ。ずっとつけていたら慣れるよ」
「うん…」
「……叔父さんは、もう彼女を視る事も触れる事も出来ない。だからお前に託すよ…」
「おじちゃん?」
哀しげな顔で呟くように言った叔父に首を傾げながら、胸下で煌めく紫の石を握った。
「その石を光にかざしてごらん」
雨が止み、さんさんと輝きを放つ太陽を指差す叔父に、言われた通り石を太陽の光に当てると、石の色が紫色から青紫色に変わった。
「うわあ!きれー」
「だろう?」
「本当にこんなキレイなものもらってもいいの!?」
あぁと言って微笑む叔父に、ぱあぁと笑顔を浮かべた私は、後でお母さん達に自慢しようと浮かれた。
「…なまえ、お前に大事な頼み事をして良いか?」
「なに?」
私の頭を撫でる叔父に首を傾げる。
「お前がもし、叔父さんの事をずっと待っている人に出会ったら、こう伝えてくれないか」
「 と、」
「うん!わかった!」
「頼んだぞ?」
叔父はそう言って夕日の様な暖かくて優しい温もりのある笑顔を浮かべて、私の頭を撫でた。
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