▽ 10
「なまえ、友達が来てるわよ」
来客を知らせるインターホンが鳴り、玄関へ向かった母が居間に戻るなりニヤニヤした顔をしながらそう言った。
そんな母に訝しげな視線を送りながら玄関へ向かえば、息を切らした様子の夏目くんが立っていた。
「どうしたの?夏目くん」
「ちょっと話があって…ちょっと外に出られるかな?」
何か重要な話があるような、そんな深刻そうな表情を浮かべている夏目くんに、何だろうと不安になりながらも彼の言葉に頷きスニーカーを履いて、母にちょっと出掛けると一声かけ家を出た。
「ごめん。急に呼び出して…」
「いいよ。何だか急ぎの用だったみたいだし」
先程からずっと深刻そうな表情を浮かべている夏目くんに場の空気を和らげるように微笑んだ。
でも夏目くんは私の首に目をやると、大きく目を見開き辛そうな表情を浮かべた。まるで、自分が痛みを感じているような、そんな顔をしていた。
「あ、これ?ちょっとドジ踏んじゃって」
夏目くんの表情に私まで苦しくなったけど、あははと笑いながら首元を隠すように手を当てた。夏目くんはそうなんだと眉を八の字にして笑ったけど、直ぐに真剣な顔付きになって口を開いた。
「…名字、紫色のネックレスって持ってるか?」
夏目くんの問いにコクリと頷く。
でも、何でわかったんだろう?
学校ではネックレス等のアクセサリー類を身に付けるのは原則禁止だから、いつもは先生に見つからないように服の下に隠して髪でカモフラージュしている。それにあまり人に見せた事がないから、夏目くんは知らないはず…。
「…もう一つ聞くけど、ここ最近変な夢を見なかったか?」
「何でその事も知って…」
田沼くんと透しか知らないそれを何故夏目くんは知ってるんだろう?田沼くんが話したのかな?なんて考えていると、夏目くんは やっぱり…と小さく確信するようにそう呟いた。
「やっぱり今までの事は全て名字に関係していたのか」
夏目くんは、呟くようにそう言った。彼のその意味深な言葉に自然と心臓がバクバクと高鳴る。
「夏目く…「ここにいたか夏目!帰るぞ。塔子の晩飯が待っている」
私が口を開いた瞬間、草むらから招き猫みたいな柄の猫がひょっこりと現れ………って、
「ね、猫が喋った…!」
口をあんぐりと開けながら、猫をガン見する。そんな私を見て夏目くんは慌てて、先生!と顔を青くしながら猫にしては大きな頭を押さえつけた。
「な、夏目くん………それ、
もしかして、あの彼の有名な猫型ロボット?!」
だって2頭身だし喋ったし猫だし、猫型ロボットの特徴に該当する。ただあまりフォルムが似てないのがアレだけど……。
「えっ!……あ、実はそうなん…「違うわ!私はそんな変なモノではない!それはそれは高貴で偉大な妖か…んぐ」
「先生!!」
夏目くんは猫の口を押さえ一喝し、此方を見ると苦笑いを浮かべた。
むぐぐぐともがく猫を可哀想に思いながら、猫の口を押さえてしゃがんでいる夏目くんの目線に合わせて私もしゃがみ込んだ。
「…夏目くん、その猫触っても良い?」
「えっ!あ…うん」
ゆっくりと夏目くんの猫に触れた瞬間、形容し難い懐かしい感覚が手から全身へと伝わってきた。その感覚を不思議に感じつつ、目を細めて気持ち良さそうにしている猫を見ながら、感じた感覚について少し考えてみた。そして、ある一つの答えが出た瞬間、自然と笑みが溢れた。懐かしくて、少し悲しい感覚に全身を包んだ。
「……私ね、このネックレスの石はパワーストーンか何かだと思ってたんだ…。身に付けると何か違和感を感じて。今では肌身離さず付けていたからネックレスを外す方が違和感を感じるんだけど…」
猫から手を離してポケットにしまっていたネックレスを取り出す。どんぐりのような形をした表面を親指でなぞりながら、少し泣きそうになるのを我慢した。
「…その猫を触ったお陰でわかった。その猫に触れた瞬間、ネックレスをかけている時と同じ感覚になったから」
夏目くんと猫を見て微笑んだ。きっとこの猫は普通の猫ではないんだろう。喋る時点で普通の猫ではないけど。もっと、深い意味でこの猫は普通じゃないんだと思う。そんな事を思いながらもう一度猫の頭を撫でた。名字……と、どこか不安げな表情を浮かべる夏目くんに一つお願いをした。
「私の小さい頃の話、聞いて貰っても良いかな?」
…これも何かの縁かもしれないね、おじちゃん。
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