▽ 09
「やあ、夏目」
「名取さん!」
帰るのが遅くなった下校途中に突然現れた名取さんに驚いた。最近、全く顔を合わせていなかったせいか、ひどく懐かしい気がしてしまう。
「元気そうで何よりだよ」
帽子を取り、爽やかな笑みで髪をかき上げる名取さんと通り過ぎ様に、あれ名取周一じゃない?!と騒ぐ女の子達にいつものように苦笑いを浮かべた。
「…何で名取さんがここに?また妖怪祓いですか?」
「夏目は勘が鋭いね。その通りだよ」
ゆるりと笑う名取さんの頬に、ヤモリの痣がするりと動いた。気持ち的には結構見慣れたつもりでも、やっぱり少し目のやり場には困る。
「今日はあの用心棒は付いていないのかい?」
名取さんの問いに再び苦笑いを浮かべた。にゃんこ先生なら、さっきイカ焼きの臭いがどうたらとか言って何処かに行ってしまったから。
「その様子じゃあ、あの猫ちゃんは何処かで道草くってるようだね」
名取さんはクスクスと笑った。でも直ぐに真面目な顔付きになって声を潜めた。
「そう言えばさっき、君と同じ学校の制服を着た子が妖怪に襲われていたよ」
「!、」
名取さんの言葉に思わず体が固まった。心臓がバクバクと動いて体が痺れるような感覚に陥る。
…もしかしたらおれのせいで妖怪に……。
「たまたま私が通りかかったから良かったものの……夏目?」
カタカタと揺れる体を抱きながら、どうしようと小さく呟く。
妖怪に襲われた子はおれのせいで、と一概には言えないけど、でも妖怪と深く関係を持っているおれはどうしてもそう思ってしまう。
いつも不安で不安で……。
「……め!夏目!!」
名取さんの声に肩が跳ね上がる。おれの両肩を掴み、心配そうな表情を浮かべた名取さんが目に映った。
「ちょっと移動しようか」
名取さんはそう言っておれの肩を抱き、人通りの少ない場所まで連れて行ってくれた。
「落ち着いたかい?」
差し出されたお茶を受け取りコクリと頷く。そうか、良かったよと柔らかく微笑む名取さんに申し訳なくなる。
「すみません。気が動転して…」
「気にしないでくれ。私も夏目の気持ち、分からなくもないからね。でも彼女なら心配いらないよ。彼女が家に着くまで笹後を付けさせているし」
「…女の子、ですか?」
「そうだよ。綺麗な紫色のネックレスをした女の子だったけど…夏目の知り合いだったりする?」
女の子と言われると笹田と多軌、それと最近仲良くなった名字ぐらいしか思い浮かばない。名取さんに分かりませんと首を振ると、名取さんはそっか…と顎に手を当てた。
「彼女を襲った妖怪、その子のネックレスを狙っているような様子だったんだけど…」
「(狙う……?)……あ、」
思い出した。
ネックレスをしているかは分からないけど、田沼が言っていた子かもしれない。妖怪に付けられているという。
それに、にゃんこ先生が言っていた。『其奴の“何か”を狙ってるやもしれん』と。それがネックレスだとしたら…。
でも田沼の女友達っておれと大体同じ人だと思う。おれ自身、田沼の交友関係を全て知っている訳じゃないけれど、田沼が“大切な友達”と言う程の子。そこそこ親しくなかったらそんな事言わない。でも多軌や笹田の場合なら名前を出すだろうし………名字は、
「っ!」
俺の体に衝撃が走った。
名字は…、前に田沼と同じクラスで仲が良いと言っていた。
しかも田沼が相談してくれた話の内容に五月雨の特徴を捉えた話があった。その夢を見たのが名字としたら…。
それに名字の叔父は棗と言う名前。五月雨の言っていたナツメさんだとしたら…。
そしてもし、名字が名取さんの言っていたネックレスを持っていたとしたら、
全ての辻褄が合う。
「名取さん、すみません!用事を思い出したんで帰ります!それじゃあ」
「あ、ちょっと夏目!」
名取さんの呼ぶ声が聞こえたけど今はそれどころじゃない。おれは名字の家まで足を走らせた。
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