(ありそうな未来)
(視える設定)
下校途中、私は一枚の紙切れを鞄から取り出した。31点と赤で書かれた答案用紙を。
「不味いな…」
これは非常に不味い。お母さんがこれを見つけてしまったら、………おぉっ、寒気が。
母の恐ろしい顔を想像して、大きく身震いをした。
「屋根裏にでも隠そうか…」
なんて隠蔽工作を考えていたら、強い風が私を襲った。制服姿の私は慌ててスカートを押さえたけれど、その弾みで手元から答案用紙が離れ、林の中に飛ばされてしまった。私はあっと声を上げて、急いで答案用紙の後を追って林の中へ入っていった。
林の中の草木を掻き分けながら、答案用紙の行方を探す。まあ、見つからないのが一番有難いけど、名前と点数が書いてあるからそれはそれでちょっと不味い。
「どこに行ったんだろ?」
蜘蛛の巣や小さな虫達に嫌気をさしながら、草木を分けて通る。そろそろ見つかっても良い頃なのに…。誰かが悪戯してるのかな?なんて視界の端に視える小さな影達をチラリと見て溜め息をつく。あまりこの林に長居するのは良くないかもしれない。
結局、答案用紙を探すのは諦めて帰り道を探す事にした。答案用紙を探すのと違って、帰り道はすぐに見つかった。草木を分けて行ったら、どんどん視界が開けていき、人の通れるような道があった。
「っ!?」
漸く草木を抜けて一歩踏み出した瞬間、体が傾いた。左足が、ある筈の地面に足がつかなかったからだ。
私はそのまま、なす術もなく落ちた。
「何をしとるんだ?お前は」
「にゃ、にゃんこ先生…」
三角座りをしながら圏外の携帯をパカパカ開閉していると、上から声がし顔を上げた。そこには魚をくわえたブサ可愛いにゃんこ先生が私の落ちた穴を覗いていた。
「お前もこの穴に落ちるとはなあ」
ニヤッと笑うにゃんこ先生の言葉に首を傾げる。"お前も"って…まさかにゃんこ先生もこの穴に落ちたことが…。って、それよりも!
「にゃんこ先生助けて!」
立ち上がり、先生に懇願する。だけど先生は、えー…と血も涙もない返事を返してきた。私はその返事に顔を歪め、どうにかにゃんこ先生が助けてくれる方法を思案しながら、穴の中を歩き回った。そして、思い出した。
「七辻屋の饅頭奢るから、お願い!にゃんこ先生!」
夏目くんに以前、にゃんこ先生の好物を聞いていた事を思い出し、先生に提案した。私の言葉に、ふむ…と一度悩んだにゃんこ先生は、良かろうと言って穴に落ちてきた。
「七辻屋の饅頭で手を打ってやろう。それにお前を放っておいたら夏目にどやされるからな」
そう言うと、ボンッと白い煙と風が私を包んだ。その衝撃で閉じていた目を開けると、白いさらさらの毛が私の視界いっぱいに映った。
「掴まれ」
格好良い声に従い、そのさらさらとした毛に掴まると、凄い風が私を襲う。さらさらした毛を離さないようぎゅっと握り、その風に耐えた。風が止み顔を上げたら、そこは白と青の世界が広がっていた。
「う、わあ…っ」
感動で上手く言葉が出ない。
小さい頃、よく夢見てた事が今、現在進行形で実現している。飛行機とかでしか雲の上に行けないのに、大きくなったにゃんこ先生の上に乗りながら空を駆け回るように、緩やかに移動している。
にゃんこ先生が駆ける度、霞となって消えていく雲。そんな光景をにゃんこ先生のさらさらの毛に包まれながら眺めた。
この夢のような一時を私は、きっと一生忘れないだろう。
「ただいまー」
「お帰り、なまえ」
「な、何でそんな笑顔なの?お母さん」
先生に奢ったついでに買った七辻屋の饅頭を手提げながら、家の扉を開けてみれば笑顔の母がそこに佇んでいた。それに冷や汗をかきながら、気持ち悪いなあと苦笑いを浮かべて、母の横を通り過ぎようとした。
でもそれは叶わなかった。
「待ちなさいなまえ。……これ、どういう事?」
母はエプロンのポケットから一枚の紙を取り出した。その紙を見た瞬間、私の顔は真っ青になった。
「何でそれが!」
「夏目くんが届けてくれたのよ」
さあ、どういう事か説明しなさい?と冷たい笑みで私を見下ろす母に、ひぇぇと声を上げながら、小さく夏目くんを恨んだ。
「(夏目くん、何で見つけちゃうのさぁぁぁ!)」
prev next