(ありそうな未来)
4月下旬、あの少年が住む町の近くにある"八ツ原"に訪れてみた。理由はただ一つ、八ツ原にどのような妖怪が居るのか偵察しに来たのだ。
「的場、式が妙な祠を見つけました」
「ほう、では行ってみましょう」
部下の案内に付いて行きながら、ふと周りを見渡してみると木々の間から一瞬人影が見えた。
「的場?」
いつの間にか足を止めていたらしい。少し先で、部下が何をしているんだという表情で私の名を呼んだ。
「先に行ってて下さい。ちょっと気になる事があるので」
部下にそう言うと、私は人影が見えた方へと足を向けた。
木々の間を抜けると、そこには大きな湖が広がっており、視線を少し下に向けると一人の少女が水辺に横たわっていた。近寄ってみると、その少女は小さく寝息をたてながら眠っていた。しかも、見覚えのある顔だった。
「なまえさん、こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ」
なまえさんの肩を軽く叩くと彼女は、ん…と息を漏らしもぞもぞと身を丸めた。まるで、ダンゴ虫みたいだと思いながらも、もう一度肩を叩く。私のその行動に鬱陶しく感じたのか、彼女は先程よりも体を丸めた。
それにクスリと笑い、ボサボサになっていた彼女の髪を指で軽くすいた。少し癖っ毛なせいで、時々髪が指に引っかかるが、ふわふわしていてとても触り心地が良い。
暫くそうしていたら、いつの間にか丸まっていたなまえさんの体は元に戻り、気持ち良さそうな表情を浮かべながら静かに寝息を立てていた。
私は、最後に彼女の頭を一撫でし、起こさぬようゆっくりと立ち上がった。
「おや、こんな所に紫陽花…」
近くにあった彼女の鞄の側に青紫色の綺麗な紫陽花が一輪置いてあった。
しかし、この辺りには紫陽花の咲いた木なんて何処にもなく、第一時期外れだ。
それを怪訝に思いながら、私は来た道を戻った。
「これは…」
式が見つけたという古びた祠の周りには沢山の紫陽花が咲いていた。なまえさんの鞄の側にあったあの青紫色の紫陽花が。
「春に紫陽花とは、不思議ですね」
綺麗に咲く季節外れの紫陽花の花にそっと触れる。
「ここは恐らく、五月雨の住処でしょう」
「五月雨?人の住む所に行くと雨を降らすという奇妙な妖怪の…?」
聞き返した言葉に、えぇと頷く部下に私はゆるりと口角を上げた。
夏目くんといいあの子といい、なんと興味深い子達なんだろう。
「名字 なまえについて調べてきて下さい」
「御意」
(…また一つ、私の楽しみが増えました)
next