土砂降りの雨の中、ビニール傘をさしながら帰路を歩いていると見知った男の子が屋根のある場所で雨宿りをしていた。
「…リクオくん?」
「あ、なまえさん」
久しぶりですと軽く会釈するリクオくんに、此方も頭を下げる。彼は私の家の三軒隣にある大きな家に住んでいる男の子だ。小学生の頃はちょくちょく遊んでいたけれど、年をとるにつれ遊ばなくなっていった。
「久しぶりだね。傘、忘れたの?」
ハイと苦笑いする彼に私はごそごそと鞄の中を探り、いつも常備している折り畳み傘をさし出した。
「良かったら使う?」
「え、良いんですか?」
うんと頷けば、リクオくんはぱあっと可愛らしい笑顔を浮かべありがとうございます!と言った。ほんと、君は弟にしたい子ナンバーワンだよ。
そのまま一緒に帰る事にした私たちは帰路を歩きながらいろんな話を話した。もちろん、昨日の不思議な体験も話のネタとして話してみた。不思議な出来事で今でも夢だったんじゃないかって思う。だけど、コンビニの袋も少し溶けたアイスも、あのモノクロヘアーの人の体温も全部現実だった。
「どうしたの?リクオくん」
顔を青くしちゃって…とびっくりしていると、
「だだだだ大丈夫です」
と明らかに大丈夫じゃない程慌てている彼に失礼ながら思わず笑ってしまった。
―――……
ベランダに出てすっかり晴れた夜空を見上げた。夕方と違い晴れた夜空には星が瞬いていて綺麗だ。
「あ!あれは有名な北斗の拳…じゃなかった北斗七星か!」
「ぷはっ」
聞こえるはずのない他人の声にびっくりして、後ろを振り返ってみると昨日の彼が窓際にもたれながら、声を噛みしめ笑っていた。
「いつの間に…」
「ついさっきだ」
袖口に手を入れ、こちらに近寄る彼に自然と後退りしてしまう。
「何で逃げるんだ?」
「あっいや、あの…」
色っぽい笑みにはだけた胸板。色気を放つ相手に近付ける程据わった根性なんてないし、大体体が勝手に後ろに下がる。なんていうか…本能的に今の彼は危険と察知しているのだろう。
「(兎に角こっちに来ないで!えろいから!)」
心の中でそう必死に叫んでいる私の気持ちを知ってか知らずか遠慮なしにどんどん近づいてくる彼。ベランダの柵が邪魔してこれ以上後ろに下がれない状態に困惑しながら彼に、止まって!と頼む。
「嫌だ」
子どものような返事をした彼はギュッと私を抱き締めてきた。
「ちょ、うわ、酒くさっ!」
背中に回っていた彼の腕が、どんどん下がり腰に回りグッと引き寄せられ私の首元に彼の顔がうまる。
異性(父は論外)に抱き締められた事がない私には、この行為は容量を超えるものだ。ただ、何が何だかわからず混乱してしまい顔が火照ってくる。彼から漂うお酒の匂いにこちらが酔いそうだ。
「つかまえた」
「〜っ」
えろい!声がえろい!耳元で囁くな!!そう言いたいのに、恥ずかしさで口がパクパクと金魚のようにしか動かない。やっと口が開いたかと思うと、
「あ、あのっ
…お名前何て言うんですか?」
言いたい事とは全く逆の事を言ってしまった。
「奴良リクオだ。アンタの三軒隣に住んでいる」
…ん?
奴 良 リ ク オ ?
「この傘返しに来たんだよ」
彼は懐から見覚えのある折り畳み傘を出してきた。それは正しく私の傘。だけど、その傘は目の前のリクオくんじゃなくメガネのリクオくんに貸したものだ。
「どういう、事?」
「お前がこの傘を貸した相手は昼の俺。今のこの姿が夜の俺。どちらも歴とした奴良リクオだ」
「…………」
「フリーズしちまったか」