放課後の静かな教室で課題をしながら、目の前で本を読んでいる先生を盗み見た。
窓から入ってくる夏特有の心地良い夕方の風に、一つに纏めた長い髪を揺らしながら本の頁を捲る先生のなんと美しいことか。
私は書く手を止め、口を開いた。
「的場先生」
「何でしょう?」
「先生に恋人は居ますか?」
「さあ、どうでしょうね」
此方に目もくれず、文章になぞって目を動かす先生に私は、教えてくれてもいいじゃないですかと小言を漏らした。それでも何も答えてくれない先生に落胆すると、再び課題と向き合い、シャーペンを走らせる。外から聴こえてくる部活動をしている生徒の声を聴きながら黙々と課題を進めていると、今度は先生が口を開いた。
「名字さん。貴女はどうなんです?」
「何がですか?」
「恋人は居るのかと尋ねているのです」
「先生は私に興味があるんですか?」
「えぇ、とても」
「それは、生徒としてですか?」
「さあ、どうでしょうね」
相変わらず此方に目もくれない先生の姿を見つめながら、シャーペンをぎゅっと握り締めた。
「で、どうなんです?」
「いませんよ」
「そうですか」
先生は頁を捲った。
「…でも好きなひとは居ます」
先生は本から目線を上げ、ちらりと此方を見た。
「それはどんなひとです?」
私は静かにシャーペンを置いた。
「秘密です。学校を卒業するまでは」
先生の目を見つめた。
「成る程。では私は貴女が卒業するまで待たなければいけませんね」
少しだけ口角を上げ目を細めた先生は、再び本に目を移した。私は気を紛らわすようにグラウンドで部活動に励んでいる彼らを眺めた。視界のはしに映る重なった右手に頬を赤らめながら。
出口どっち?
「……先生、課題が出来ません」
「なら私の手を振り払えばいい」
「できないことわかってるくせに……」
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