「…先生、いい加減降りてくれ。重たい」
さっきからずっとおれの肩に乗っているにゃんこ先生に、げんなりしながら深く溜め息をついた。重くなった先生を肩に乗せながら山を登るのは、正直きつい。肩がもげそうだ。
「お前は腰を痛めた用心棒を歩かせるつもりか!」
そう言って、おれの頭を短い足で叩くにゃんこ先生を無言で掴み、胸で抱くと辺りを見回した。何処か一息つける場所はないかと。でも周りは草木ばかりで何もなく、ただ頂上に向かう道しかない。
「(疲れた…)」
にゃんこ先生を抱き締めながら、体力が消耗しきっている体に鞭を打ち、歩む足を進めた。
その道中、大きな切り株が草木の中に居座るように生えていたのが一瞬見えた。おれは3、4歩戻り草木をかき分けてみると、やっぱり大きな切り株がそこにあった。そこからの景色は、町を一望出来る場所で中々良い所だった。
「先生、ここで待ってるから腰痛に効く薬草は自分で探して来てくれ」
おれは先生を下ろすと、大きな切り株に倒れ込むように上半身を乗せた。投げ出した足は、にゃんこ先生のせいでパンパンだ。
「軟弱な奴め!だからお前はいつまで経っても白アスパラなんだ!」
なんて小言を言いながら何処かに行ってしまったにゃんこ先生をそのままに、おれは目を閉じた。おれが寝そべってもまだ一回り大きいこの切り株は、伐られていなかったらきっとこの山一番の大木だっただろう。そう思いながら、小さく欠伸をすれば、
「人の子よ。吾の寝床で寝るでない」
不意の声にびっくりして、目を見開けばおれを覗き込むように見る女の人の顔が視界に映った。それに驚き飛び起きれば、女の人は不躾な子だと言って腕を組みながらおれを見下ろした。
「…おや、その顔レイコにソックリ…」
「夏目!!」
女の人の言葉を遮って飛び込んで来たにゃんこ先生は、眩しい光を放った。
「目眩ましのつもりかの?斑よ」
「ちっ、厄介な奴に捕まりよって」
「おや、おやおや?この力、斑かと思ったが何と珍妙な。猫ではないか」
「猫ではないわ!!」
バタバタと暴れるにゃんこ先生を軽々と抱き上げた女の人は、確かに力は斑だなとかどうしてこうなった?とぶつぶつ呟くと、急に先生を離した。勿論、先生はなす術なくそのまま地面に落ち、ごきっと痛々しい音を鳴らした。 先生は目を見開いたまま一度固まると、こ…腰がぁ…と言ってふらふらしながら、おれを放って置いてまた草むらへと消えた。そんな様子を横目で見ていると、
「主が夏目か!レイコの孫か!」
女の人が急におれの肩を掴んで揺らし、まるで面白い玩具を見つけた子どものような笑顔を浮かべながらそう聞いてきた。それにびっくりしながら頷くと、女の人は本当にレイコそっくりだ!と興味津々でおれの顔を観察し始めた。
「主がレイコの……」
そう呟く彼女の目にはさっきとは裏腹に、今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「おや。涙なんぞ遠の昔に忘れたと思ったが、…すまん。こんな見苦しい姿を見せてしまって」
涙に気が付いた女の人は着物の袖で涙を拭うと、
「名を返して欲しい」
おれを見据えるようにそう言った。
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