樹精の切り株 | ナノ


『ねぇ、私と勝負しない?』

『…良かろう。丁度暇を弄んでいた所であったからの』

『ふふふ、じゃあいくわよ!』


―――……



「……、」

「また何かに想いをはせていたのかい?」

「……リオウか」

声に反応し振り返れば、リオウが吾の後ろに立っていた。吾はすぐに視線を戻し、眼下に広がる人里を眺めた。

「……確か主はレイコの孫に名を返して貰ったそうだな」

「そうだよ」


切り株の上で胡座をかきながら肘をつく。リオウはその時の話を楽しそうに話した。風呂が気持ち良かったなどと他愛のない話を聞かされた。

「…紅峰が言っておったが、そのレイコの孫にあの斑が付いておるらしいな。奴も酔狂になったの」

黄昏時の空を眺めて呟いた。昔の斑はそんな温い奴ではなかったのだがな。

「いつか君も解るさ」

「何をだ?」

「人への愛おしさだよ」

リオウは愛おしそうに目を細めながら人里を見下ろしていた。
…此奴も昔は酔狂な奴だったな。人里によく遊びに行っては人の匂いを染み付かせて…。いつぞやから見なくなったが、先日突然帰ってきたそうだ。細かいことは知らん。だが奴を救ったのはレイコの孫だったらしい。

「(…孫か、)」

少し前にヒノエが哀しんでおった。レイコが死んだと知って。奴はレイコをこの上なく好いておったからの。

『アンタは哀しくないのかい?!』

ヒノエにそう言われた時は、どう応えて良いのかわかなかった。ヒノエ程レイコに思い入れがあった訳でもない。唯、名を呼ばれる事がなくなってしまったのは少し淋しい気もした。


吾の本当の名を知っているのは、吾を植えた御仁と亡きレイコと友人帳だけ故。

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