「ねえ、本田」 「なんでしょう?」
本から目を上げもせずに返事をされて、ちょっぴり落ち込みながら椅子の背に顎をのせる。 そんなに脚を開くなんて何考えてるあるか!という声が聞こえた気がしたけれど、そんなことよりも彼の方が気になった。 人が話しかけているのに本から目も上げないなんて何事なの。そんなにその本が好きなのか。はたまた私が苦手なのか。 両方、かな。脳内会議でそう結論付けられたところで、もう一度話しかけてみる。
「何読んでんのー」 「……小説、です」 「いや、小説ってのはわかってるよ!カバーついてんのに漫画だったらびびるし」
そんなんじゃなくて、何ていう小説かが知りたいんだけど。 あんまり気乗りしないのかわからないが、困ったような表情をされては、こちらも少し困る。 ていうか、顔見て話しましょうって小学校あたりで習わなかったのかこいつ。
「本田、ちょっとこっち見て」 「…今いいところだから駄目です」 「菊」
えっ、間抜けな顔をしてこちらを見る本田に、口端が上がった。
「やっと見てくれた」
嬉しい。 えへえへ、みるみるうちに赤くなる本田を見ていると、こちらも照れてしまって、なんだか変な笑い方になってしまった。 でも、一歩進展したんだ。じわじわと込み上げる喜びに、勢いよく立ち上がる。
「じゃーねー本田、また明日!」
千切れんばかりに手を振ったら、会釈を返してくれた。 なんだか今日はすごく気分がいい。 ひたすらテンションが上がって廊下を走る私を、他の生徒たちが驚いて見ていた。
─一日一歩、三日で三歩─
(菊ー、おーい) (……名前、はじめて呼ばれました) (え?俺、いっつも名前で呼んでるよ?)
2011.04.10
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