「なまえ?」
どうしたの。 袖を掴んだまま離さない私に、ふんわりと微かにメイプルの匂いがする彼が微笑む。 いつもと変わらない、柔らかくて優しい笑顔が向けられて、泣きそうになってしまう。 鼻の奥が、痛い。
「マシューこそ、」
どうしてそんなに悲しそうなの。 普段はふわふわとした笑顔か困り顔を浮かべているような彼が目を見張ってこちらを見て。 何が、と、震える唇で紡いだ。
「マシューはいつもそうだ」
私のことはたくさん助けてくれるのに、自分のことは自分でやろうとする。 そんなの、卑怯だよ。 言いながら、情けなさに自分の視界が滲むのを感じる。
「泣かないで」
温かい手が涙を拭ってくれて。 悲しそうな笑顔が私を見る。 それだけでも辛いのに。
「僕は、1人でいる方がいいんだ」
今までも、これからも。 聞きたくなかった言葉が胸にざっくりと刺さる。 嫌だ、首を横に振り続ける私に背を向けて、彼はドアの向こうへ歩いて行ってしまった。
─ひとりでいるのには理由がいる─
(国と人、なんて、立場が違いすぎるだろう?)
2010.03.15
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