月を追いかけた






「なまえ、浮気したくなんねえの?」
「ならないよ」

何、トーニョに聞いといてって言われたの?
くすくす笑いながらカクテルを揺らしたなまえの横顔にそっとため息を吐く。俺の大事な友達二人はいつの間にか付き合っていて。それをやっと知らされたと思ったら、片方が仕事でしばらくの間彼女をおいて行くときた。
一体こいつらは何を考えているのだろう。そもそも、仕事に行ったあいつも、黙って帰ってくるのを待っているこいつも、不安に思わないのか。
そう思って口にしたのが先刻の質問で、それに対してあまりにきっぱりとした答えが返ってきて俺は多少(というかかなり)驚いているわけで。

「待ってるだけってのもつまんねえだろ」
「そうかな?」

別に一生会えないってわけじゃないから、大丈夫だと思うけど。
グラスの中身を飲み干して、わざわざこういうとこじゃなくて宅飲みでもよかったね、なんて言うなまえにだんだん苛立ってくる。
女ってもっと面倒なもんだと思っていたのに、何だこいつは。サバサバしている、なんてレベルじゃねえ。しすぎている。
俺に見向きもせずに次の飲み物を決めかねているなまえの腕を掴む。茶色い目がこちらを見て、優しく細められた。

「ギルベルトのも頼もうか?」
「いらねえ」
「そっか」

私は何にしよっかな。
すぐにまたたくさんの飲み物で迷い始めた彼女の手の甲に口付ける。
酔ってるの?笑い混じりの声を無視して今度は顔を近づける。酔っているのだと思っているなら、このまま酔ったフリをしていればいい。このまま、彼女が流されてしまえばいい。

「なまえ、俺じゃ、だめなのかよ」
「うん、だめだよ」

私は君とは一緒に不幸になれそうにないから。
冷たい指先が俺の頬を撫でて、額に口付けられる。それからゆっくりと携帯を開いて、ああ、と呟いた。

「そろそろ行かないと終電なくなるよ」

送ってあげるから帰ろう、ギルベルト。
何事もなかったかのように会計を済ませてさっさと出て行くなまえに、酔ったフリをしたままの俺がふらふらと付いて行く。泣きそうなくらいに綺麗な月が出ている夜だった。




―月を追いかけた―

(あいつが太陽なら、こいつは月か)
(そりゃ、触れたくても触れられねえよな)


2012.03.09

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