- ナノ -
 アーラシュと再会してからのナマエはどこか一皮剥けたようでもあった。分かりやすいといえばそれまでだが、どこか嬉しそうなナマエと一緒にすごせることはマシュにとっても幸せで穏やかな時間であることに変わりない。他のサーヴァント達もナマエがどこか変わったことに気づいており、ナマエとアーラシュとのやり取りを見守っていた。しかし勘のいいある一部のサーヴァント達はナマエがアーラシュに向ける感情がただの「憧れ」だけではないことにも気がついていた。
 ナマエ自身、最近の自分の感情の変化に何となく気がついてはいた。確かにアーラシュと一緒にレイシフトして人理修復の旅が出来ることは夢のような時間ではあるのだが、どうしてか最近いつものようにアーラシュと話すと胸がどきどきして、目が合わせられなくなる。それが何という名前の感情なのか、高校時代にはよくそういった話題が多かったためにナマエは知らないわけではない。気づいていたけれど、どうしてもその感情を認めることだけはしなかった。確かに自分は今では人類最後のカルデアのマスターである。しかしそれ以外は一般人とは何も変わらないただの人間だ。ただでさえ隣に立つことでさえ烏滸がましいと考えているのに、恋慕の情を抱くなんて以ての外だ。ありえない、と自分の気持ちを一蹴してナマエは気づかない振りをする。しかしそれもそう長く続きそうにはなかった。





 スプリガンからの一振りを避けたアーラシュはオジマンディアスから太陽神の加護を受け取り力が漲っていくことを実感しながら矢を作り、弓に番えて目を細めて集中して矢を放つ。放たれたそれはスプリガンに見事に命中して今までダメージを与えられていた敵は倒れて塵のように消滅していった。復活の兆しが完全になくなったことを確認してからアーラシュはそこに残されたものを確認する。そこにはお目当てのものが落ちており、アーラシュはそれを嬉々としまい込んだ。今回はそれなりにいい方であり、結構貯まった方でもある。まさに今は所謂「素材集め」をしていたのだが、そろそろいい頃合いかもしれないと2人で話しているとちょうどカルデアから連絡が入り、そのまま管制室へと帰還することになる。
 帰還したアーラシュ達を「お疲れ様」と出迎えたのはマスターであるナマエだった。アーラシュはただいまと伝えたあと、ナマエに今日採れた素材を渡していく。
「結構採れた方だと思うんだが、どうだ?」
「本当?……わ、すごい!うーん、これだけあれば再臨できるかな。ありがとう」
「そいつはよかった。はは、めでたいしお前さんが飲める年齢なら一緒に祝杯でもしたいところだが」
「もう………」
 いつものようにアーラシュはナマエの頭に手をぽんと乗せ、ナマエは何事もなくゆっくりと休んで欲しいと伝えてから素材を整理するために保管室へと向かう。ナマエが完全にこの場にいなくなったことを確認してから、今まで二人のやりとりを静かに見ていたオジマンディアスはアーラシュに「なあ」と声を掛けた。
「……そろそろ、あいつに何か言ってやったらどうだ?」
 言われたアーラシュはどこか困ったような表情で「あー…」と頬を掻く。先程の会話は傍から見れば特に今までと変わったところもないごくありふれたものだ。けれども明らかに違和感があったことにもオジマンディアスは気づいていたのだ。まずマスターであるナマエは基本的にこちらの目を逸らすことはなく会話できる人物だ。しかし今アーラシュと話していたナマエはどこか視線が泳いでいて、いつものように近かったアーラシュとの距離もどこか余所余所しいように感じたのだ。自分でさえナマエの変化に気づいたのだから、ナマエの抱える気持ちにアーラシュが気付いてないはずがないと思っての言葉だった。
「あいつにとって、俺はまだ英雄みたいだからな?」
 しかしアーラシュの答えは想像通りのものだった。確かにアーラシュもナマエの様子が違うことは分かっているし、どんなことで悩んでいるかも気づいている。それでも未だ何も言おうとしなかったのは、ナマエがまだ自分の抱える感情を認めて、気づいていないからだった。何よりその段階でナマエの気持ちを確認したらどこか無理に引き出しているようでもあって、アーラシュは彼女が気持ちを整理できるまではあくまで英雄であろうとしたのだ。もしナマエが自分の思いを認めたらアーラシュだってそれをきちんとナマエの言葉で聞きたい。けれどもそれが今ではないという、たったそれだけのことだった。それを何となく分かってしまったからこそ、オジマンディアスもそれ以上何もアーラシュに言えることはなかった。




 マイルームに戻ったナマエは次に何をしようか考えながらベッドに座り、タブレットで予定を立てていた。次はどのサーヴァントで出撃しようか、何をしようかと思ったところまではいい。それでも脳内に占めるのは、先程のアーラシュとの会話だった。あの時自分は普通にアーラシュと話せていただろうか、ナマエはそれが不安だった。いつものように頭をぽんと撫でられたけれどあの時物凄く胸が高鳴ったし、実は今でも鼓動がうるさい。どうしてこんな感情を抱いてしまうのか―それはもう、アーラシュのことが好きだと認めるしか他ない。自分が持ってはいけない感情だと思っているのにそれは大きくなるばかりでもう誤魔化せそうにもない。それでもなんとか奥へ奥へと押し込んでできるだけいつものように振る舞うようにする。どうかこの思いがアーラシュに気づかれませんようにと願いながらも、その願いは叶えられそうにはなかった。



 マシュとのトレーニングを終えたナマエはさっぱりとする為にシャワーを浴びて着替え、これからどうしようかと悩みながら廊下を歩いていた。このまま今日は休んでしまってもいいし、工房に寄って足りないものを補完するのもいい。云々と悩みながら歩いていたために周りが見えておらず、「ナマエ」と自分の名前を呼んだ存在を見てそのまま返事をしたナマエは思わず一歩後ろに下がりそうになってしまった。
「今はトレーニングが終わったところか?」
「…そ、そんな感じ、かな」
「そうか」
 お疲れ様だな、と頭に手を乗せられそうになったところで反射的にナマエはその手を退けてしまう。「あ、」とナマエが気づいた時は既に遅く、驚いたようなアーラシュの表情が見ていられなくなったナマエはごめん、とその場を後にしてどこかへ行ってしまった。
 ナマエの反応に、アーラシュはショックを受けなかった訳ではなかった。それでもあの反応を受け入れられたのは、ナマエが自分の感情に気づいてようやく認めたということが分かったからだろう。今までならその後なにもしないままだったけれど今は違う。何よりナマエが気づいたその「好き」と言う気持ちが視れてしまったのなら視るだけではなく、ちゃんとナマエの言葉で聞きたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。もうアーラシュは見逃すことはなくナマエが居るであろう部屋へと歩を進めていた。



 一人部屋へと逃げ込んだナマエは扉に背を預け、やってしまったと頭を抱えていた。今まで通り普通に振る舞おうとしていたのに、いざアーラシュに触れられたらなんだかもう分けがわからなくなってあのまま逃げ出してしまった。あの時の驚いた表情のアーラシュが忘れられなず、それでも胸はどきどきとしていてもうどうしたらいいかわからない。そんなナマエに追い打ちを掛けるようにして扉が叩かれ、聞こえてきた声にナマエは驚いた声をあげてベッドの上へと飛び乗った。
「ナマエ、入っていいか?」
 このまま居留守を決め込んでもいいが声をあげてしまったこともありこのまま逃げることもできない。それに慌ててベッドの上に乗ってしまったために部屋の鍵は掛けておらず、ナマエの返事を待たないまま「入るぞ」とアーラシュがマイルームに入ってくる。その間どうすることも出来ず、ベッドへと近づいたアーラシュはナマエに隣に座っていいか問いかけ、ナマエはそれに答えるしかなかった。隣に座ったアーラシュはナマエの肩を抱き、しっかりとこちらを見据えている。未だナマエはその目をしっかりと見ることが出来なかった。
「単刀直入に言わせてもらう。―俺はナマエが好きだ」
 ナマエはずっと「好きだ」「そんな感情を持ってはいけない」「一緒に居れて嬉しい」という色々な思いを持っていてぐるぐると悩んでいた。それに気づいていたアーラシュはだからこその言葉だった。いつも隣に立つことが烏滸がましいと思っているナマエだからこそ、アーラシュも同じ気持ちだということを伝えて気持ちを伝えたかったのだ。きっと今でもナマエは悩んでいるのだろう。しかしアーラシュのその一言を聞いた今はもう違っていた。ゆっくりと視線が合わされて、小さくナマエは言葉を紡いでいく。
「……私、も、……アーラシュのことが、好き、です」
「ああ、同じ気持ちでよかった」
 そのままアーラシュはナマエの腕をぐっと引いて唇を重ねる。アーラシュにしては珍しく食らいつくような荒々しいものだったがナマエはそれを嫌がることはなくアーラシュの背に手を回してキスをする。ようやく離したあと、何故かナマエの手はアーラシュの目を覆ってしまった。
「ナマエ?」
「その、見ないで。……恥ずかしい、から……」
 きっとアーラシュの目が何でも視えてしまうことからこうして目を覆い隠そうとしたのだろう。しかしそれだけれ見れなくなることはないがアーラシュは敢えてそれを言わなかった。申し訳ないと思いながらもナマエの心を覗けは自分に対する熱い思いに溢れていて、堪らなくなったアーラシュはナマエという愛おしい少女の存在を抱きしめた。