- ナノ -
 カルデアのマスターは時々不思議な体験をすることがある。それはレイシフト中に突然その存在自体がなくなることだったり、時々英霊と夢を共有してはその中で過ごしたりといったものだ。しかしその時には必ずマスターの存在を証明する人たちがカルデアには居た。
ブリジットは、そのマスターの存在を証明する人たちのうちの一人である。マスター同様レイシフト適正はあるものの、普段はカルデアの力になろうと医務室に篭ってはサーヴァントやスタッフ達の診察にあたり、そしてデータ収集などをして基本レイシフトすることはない。しかし今ブリジットは医務室を飛び出し、コフィンがある管制室へと向かっていた。管制室に入るとブリジットだけではなく他にも緊急招集がかかったのか、円卓の騎士達が待機していたのだ。

──トリスタンの霊器が消えた

それは、ブリジットを呼び出すには充分すぎる一言だった。一体なにが起こったのかレオナルドに尋ねれば、彼女はトリスタンの霊器が突然消えたかと思ったらそれを中心に今にも消えてもおかしくはない特異点が広がっているらしい。言い換えれば、トリスタンの意識はそれと同様にあるということだ。レオナルドの説明を聞いたブリジットは今すぐにでもその特異点に乗り込もうとしたが、それを引き止めたのは管制室に集まっていた騎士の一人であるベディヴィエールだった。

「お待ち下さい、ミス・ブリジット。私も同行させてはもらえないでしょうか」
「でも、トリスタンは私のサーヴァントだけど、あなたは違うでしょう?」
「ええ。しかし、彼は仲間です。仲間の窮地を救いたい、それではだめでしょうか?」
「……本当に、いいの?」
「もちろん。何より何があるか分からない場所です、いくらマスターではないとはいえ貴方一人で出向くのはあまりに危険すぎます」
「そうね、…思わず何も考えずに先走っていたわ。ありがとう」

彼の申し出に続くようにしてガウェインやランスロットも同行を申し出る。ただ一人「嫌な予感がする」とモードレッドだけがそれを断ったが、彼女の直感がよく当たることは今までで実証済みであるため、その主張を尊重してカルデアに残ってもらうことにしてブリジットは早速コフィンへと乗り込む。
思えば、初めてレイシフトした時は不安こそあれど、期待の方が大きかったことを思い出す。けれども今は、ただトリスタンが心配でどうなっているのか気になって仕方なく、早くそれを確かめたいという気持ちだけが前のめりになっていた。





 無事にレイシフトを終えてまずは周囲を確認する。

「ここ、は………」

白を貴重としたその城は、紛れもなく円卓の騎士達が獅子王に仕えていた場所であるキャメロットであった。ブリジットはモニター越しにでこそ第六特異点を見ていたものの、こうして実際に目にするのは初めてだった。その穢れを知らない白の輝きに思わず目を奪われそうになる。しかしブリジットが気になったのは、あの時とは違い粛清騎士などもいない、しんと静まり返っていることだった。それは誰もいない闇と同じようにも感じて、トリスタンもそんな中にぽつんといるのかと思うとブリジットの胸も締め付けられる。数値は違えど霊器の存在は確認された、その事実だけがブリジットの背中を押す。
しかし状況が変わったのは、城の角を曲がったところだった。聞き慣れた竪琴の音が聞こえたかと思うとそれは刃となってブリジットを目掛けて飛んでいき、それこそ同行している騎士たちがいなければ、今ブリジットの首は繋がっていなかっただろう。

「悲しい……こんなに悲しい話があるでしょうか。どうしてここに、貴方がいるのでしょう──」

ブリジット、と名前を呼ばれてトリスタンを見て思わず息を飲む。その音は、声音は今までとは全然違い、トリスタンが殺気を纏っていることは明らかであった。しかしブリジットは臆することもなくトリスタンの問いに答える。

「…だってトリスタン、言っていたでしょう。もし自分が本当に苦しんでいたら助けて欲しいって」
「ああ、そんなこともありましたね」
「そんな、こと………?」
「ええ。あれは戯言にすぎません。なぜならこれが、本来の私なのですから」

そう、トリスタンは自問自答していく中で気づいてしまったのだ。あの時、反転に落ちてしまった時、人の命を手に掛けることを悲しむばかりか、それを愉しく感じてしまった。それが今回得たものである。人を殺めることを愉しく感じてしまう人に愛なんてあるはずがない。この自分が本来の自分なら当然のことである、とトリスタンは答えを見つけたのだ。けれどもそれに反論したのはそれでもないブリジットであった。

「っ、違う、そんなことない!トリスタンが誰よりも愛を知っていて、心優しい騎士であることは私がよく知っているわ!だって、そうでもなきゃ私が誰かに恋をすることなんてなかった、愛する幸せを感じることすらなかった!それを教えてくれた貴方が、愛を知らないなんてことはないでしょう!?」
「世迷い言を。それ以上何か言うのであれば、貴方のその首を今度こそ斬ります」
「どうして……!」

どんな言葉も今のトリスタンには届きそうにはない。けれどもそれでトリスタンに殺されるなら、ブリジットはそのまま首を斬られる覚悟すらあった。一つ音が鳴り響き、刃となったそれをベディヴィエール達が撃ち落としていくが今の彼らにはトリスタンを傷つけることすらできない。モニター越しにモードレッドが説得しようとしても彼女の言葉すらトリスタンには届かない。自分の言葉も仲間たちの思いも届かず、このままでは円卓の騎士は仲間割れすることになってしまう。それこそ後は彼らが仕えた王に頼るしかない。しかしそこまで考えて、ブリジットはレイシフト前、モードレッドが「嫌な予感がする」と言っていたことを思い出す。彼女が大抵そう言う時はある人物が必ず関係していたのだ。

「…もしかして」
「さすがお医者サマは察しがいいな。あぁ、オレの嫌な予感は当たったって訳だ」
「いや──そんな、まさか!」

次の瞬間、その場の雰囲気が変わったかと思うと新たに熱が生まれ、霊器が喚ばれる。その人こそ、円卓の騎士達がキャメロットにて仕えた獅子王であった。

「彼方の願いに応じ、参上した。貴卿よ、窓っているな?」
「しかし、こればかりは譲れません!」
「そうか。何、私は王でありまた円卓の騎士の一員なのだ。意見が対立すればどう対応すればいいか等は心得ている。……あなたが、トリスタンのマスターか」

獅子王は兜越しに頷いたブリジットを見やる。彼女を見たのはこれで初めてだが、たったそれだけでも獅子王はブリジットがどれだけトリスタンを想い、心配していたのかを汲み取っていた。そして彼女の協力があればきっとこの悪しきギフトも破壊できるだろうことも理解した。

「トリスタンのマスターよ、貴公の力を一時貸してもらえないだろうか。あの問題騎士に沈黙と反省を与えるために」
「…お願いします」

パスが繋がり、契約を確認した獅子王はその槍を構える。引き下がるまいとトリスタンも弓を引き、彼らの戦いは始まった。今まで攻撃も何も通さなかったトリスタンの悪しきギフトが、獅子王の槍が一振りされるだけで崩れ落ちていく。彼女が槍を抱えあげれば、キャメロットの白の輝きと同調するように槍を中心に光が集まっていく。

「聖槍、抜錨──!」

そしてその輝きを見ながら、ブリジットはトリスタンの逸話を思い出していた。悲しみの子と言われながらも誰よりも愛に生きた騎士。イゾルデへの後悔の念があったとしても、やはりトリスタンが抱えていた想いは愛以外の何者でもない。「反転」に堕ちたといえど、それも彼女たちを思ってああなってしまったならば、やはりトリスタンが愛を知らない訳がないだのだ。
聖槍が発した光が引いていき、視界が戻っていく。そこにはすべてのギフトが破壊され、膝を付いているトリスタンがいた。そんなトリスタンに、ブリジットは優しく声を掛ける。

「ねぇ、トリスタン」
「………」
「あなたは反転に落ちて、これが本当の自分なのだと言っていたけれど──そうなってしまったのも、元は過去への後悔と、何よりもイゾルデさんへの思いがあったから、ではないの………?」
「わたし、は………」

今のトリスタンならば、ブリジットの言葉も理解できる。誰かを愛することすらなければあんな風にはならなかったはずだ。自分は、愛を知っている。何より目の前にいる女性と過ごしたことで、英霊となった今でもその感情は消えていないからだ。そう、ただあの時は、少しだけの「勇気」が足りなかっただけなのだ。
トリスタンのギフトが全て破壊されたことを確認した獅子王は円卓の騎士達を鼓舞した後消えていく。こうして元に戻ったキャメロットにて、安心したブリジットは思わずその場にへたり込んでしまった。あのままトリスタンが戻らなかったらどうしよう──ただそれだけが心配で、不安で仕方がなかったのだ。なんとか立ち上がろうとするけれど上手く力が入らない。そんなブリジットに手を差し伸べたのは、他でもないトリスタンであった。

「あ…ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございます、ブリジット」
「そんな…だって言ってたでしょう?もし本当に苦しくなったら助けて欲しいって」
「………」

ブリジットの言葉にトリスタンの胸が熱くなる。そして、やはりブリジットに喚ばれてよかったと、彼女への愛を確認する。
キャメロットの城が、2人を祝福するように暖かい光で照らしていた。








 サーヴァントというのは便利なもので、傷が付いた場合は軽症であればカルデアからの供給で修復されてしまう。しかし疲労感はすぐに取れないもので、キャメロットから戻ったトリスタンは溜め息をついた。あの後そのまま帰ろうとしたが、仲間を巻き込んでのことだったりその他もろもろのことがあり手合わせすることになってしまった。ブリジットに思わず助けを求めたものの、「まだやるべき仕事が残ってるから」という彼女らしい理由で先に戻られてしまい、結局3対1の手合わせをすることになったのだ。しかしああやって思いっきり戦うことは久々であったため楽しくないはずはなく、満喫してしまったこともありトリスタンは特に文句を言うことはなかった。
それよりも、トリスタンは何よりブリジットに自分の気持ちを伝えたくて仕方なかった。医務室へ戻る道で思い出していたのは、あの時ブリジットが自分に投げかけてくれた言葉だった。
医務室へ戻ると「お疲れ様」とブリジットが手を止めてトリスタンに声を掛ける。

「どうだった?」
「まったく、大変なことになりましたよ。お陰様でくたくたです」
「ふふっ、それならいつものように紅茶を飲むだけじゃ物足りないかしら。………もしよければ、一緒にマイルームでお休みする?」
「………」
「…っ、ごめん、今の忘れて」

紅茶を準備するわね、とブリジットは慌ててポットを用意する。トリスタンはブリジットに喚ばれたことで大分変わったが、何も変わったのはトリスタンだけではない。初めは仕事ばかりだったブリジットも確かに変わっていたのだ。そしてトリスタンが思い出すのは、あの時のブリジットの言葉だった。ブリジットがあれだけ思いを自分に伝えてくれたのだ。自分だって彼女に思いを伝えたい。──あの時は、ほんのすこしだけ勇気が足りなかったけれど、今は違う。

「ブリジット」

トリスタンに呼ばれたブリジットは「なあに?」といつものように振り返る。ただその様子がいつもと違い真剣だったことに、ブリジットは思わず身を引き締めた。

「…改めて、言わせてください。ブリジットがあの時言ってくれた言葉が嬉しかった。こうして英霊となった今も、貴方を愛することができて、ありがとうございます」
「そんな……お礼を言うのはこっちの方よ。何よりトリスタンのお陰で誰かに恋して好きになることができたんだから」

胸に手を当て、こうして気持ちを伝えて満足していたトリスタンだったが、この状況を見てあることを思いついたのかハッとした後ブリジットの横を通り過ぎたかと思えばトリスタンは救護ベッドの方へと向かっていた。そしてベッドのシーツを剥がしていく。一体何をやっているのか問いただそうとしたブリジットだったが、それは頭に何かがばさりと被せられたことで遮られてしまった。しばらくして視界が明るくなるとそこにはやはりトリスタンがいた。

「ふむ、やはりこの方が「らしい」ですね」
「?」
「結婚式みたいだと思いましたので」
「なっ……!?」
「神父がいないので、公式なものではありませんが。それならそうですね──我が王と、貴方に誓いましょう。離別する身であるとしても、貴方を愛していると」
「っ……、私も、トリスタンのことが、好きです。ううん、愛しています。ありがとう、この幸せを、教えてくれて」

ブリジットのその表情を見ながらトリスタンは思うのだ、なんて幸せなのだろうと。まさか一旦手放そうとしたものが戻ってきて、それを共有することができると誰が思っただろうか。
トリスタンの英霊としての人生は、愛と、そして幸せに満ちあふれているのだった。