恋の『みち』は未だ見えない


 見渡す限り、人、人、人。
 東京や大阪に比べれば、きっと大した事ないんだろうけど、それでもやっぱり普段の比じゃない。

 それもそのはずで、今日はゴールデンウィーク初日。更にここは、稲荷崎やわたし達の生活エリアからさほど離れていない、大型ショッピングモールだった。

「春那んとこは明日から?」
「そ〜、双葉は明後日からやっけ」
「前日に足らんもん揃えるってギリギリやな」
「いや、二日前もそんな変わらんやろ」

 そう、今日のわたし達は、何もただ遊びに来た訳じゃない。それぞれ、ゴールデンウィークを利用した合宿の準備の為に、買い物に来ていた。
 吹部も流石は強豪というべきか、ちゃんとホールなどが使える場所を借りて、泊まり込みで練習するらしい。楽器がある分、荷物の運搬は男バレよりも大変かもしれない。

 わたし達はと言えば、今年は大阪の強豪校と合同合宿する事になっていた。
 兵庫は、体育館付きの合宿所はそれなりにあるし、いつもはゴールデンウィークは県内で行うのが恒例だった。
 ただ、今年はいつも借りている所が改修工事をするとの事で。どうせいつもと違うのなら、と監督が旧知の仲たる先方の監督に声を掛け、合同でやる運びになったらしい。

 とは言え、大阪はそこまで合宿所の数が多くないので、お互い少し足を伸ばして、滋賀まで行くことになる。


 ふと、すれ違う人々__特に女の人の、囁きあっている声がちらほらと聞こえて来た。

「今の人らヤバかったな〜!」
「あれはヤバいわ!手の動く速さ尋常やなかったし」
「しかもめっちゃそっくりなイケメン同士やったよな」
「一瞬なんかの試合かと思ったわ」
「ゲーセンやのにな」

 何だか聞けば聞くほど心当たりしかなくて、双葉と顔を見合わせる。

 彼女たちが歩いてきた方向、つまりゲーセンの奥に視線を向けると、そこでは軽く人だかりが出来ていた。
 人が集まっているせいで姿は目視できないけど、ワイワイ騒いでいる声から、察しがついてしまった。さっきの女の人たちの会話の内容と言い、まず間違いなくわたしのよく知る二人だろう。

「……なぁ春那、アレってさ」
「……多分そうちゃう?」

 わたしと同じ結論に至ったらしい双葉に、軽く頷く。そのまま続けて「わたしらは混まへん内にはよご飯食べよ」と言うと、双葉は「声掛けへんの?」と意外そうな顔をした。

「二人で遊んでんのに邪魔したら悪いやん。まあ、調子乗り過ぎてケガするのんだけは止めて欲しいけど」
「ふーん……」

 理由を説明しても、何故だか双葉は微妙な表情のままだったけど、特に何を言うでもなく、話題はどこの店に入るか、に移った。



 結局、わたし達が入ったのはごく普通のファミレスだった。わたしと双葉は食の好みが微妙に違うし、色んなものが揃っている方がいい。

 双葉はペペロンチーノ、そしてわたしはデザートプレート付きのオムライスを注文する。
 デザート、の文字を見て即決したわたしに、「あいっかわらず甘いもん好きやな」と双葉は若干呆れていた気がする。

 注文したものはそんなに待たずにやって来た。早速、ほかほかのオムライスをスプーンで掬って口に運ぶ。
 同じように食べ始めた双葉は、「そういえば」と途中で手を止めた。

「ウチのクラスさ、もうカップル出来てんの知っとった?」
「ほうなん?」

 流石に少し驚いて、思わず聞き返してしまった。食べながら喋るのはちょっと行儀が悪い。慌てて口の中のものをごくんと飲み込んで、「……全然、知らんかった」と続けた。
 まだ1ヶ月しか経ってないのに、と思わないでもないけど、恋は時間ではないのだと、どこかしこで耳にする。

 てっきり、その付き合い始めたというカップルの話が続くのかと思っていたら、双葉が次に口にしたのは全く頭になかった質問だった。

「春那は?なんか無いん」
「?なんかって?」
「恋バナに決まってるやろ!ほら、バレー部とか!」

 聞き返したわたしに、少し食い気味に、そして勢い良く返してくる。……うーん、本題はこっちだったらしい。さっきとは語調が違う。

 どうしてわたしが、今更双葉に恋バナで詰められるんだろう。わたしのスタンスは、双葉もよく知っているはずなのに。

「いや……無いんちゃう?」
「いやあるやろ!ほんまに言うてる!?」
「嘘ついてどないするん」
「……ハァ、春那、こういうんはほんまに鈍いっていうか、興味無いよなぁ」
「まあなくはないんやけど……ピンとけぇへんし」

 そう、わたしはこの手の話になると、途端にぼんやりとした回答しか出来なくなってしまう。人の話を聞く分には言える事もあるけど、自分の話となると、さっぱり。

 そういう事への、興味自体はある。素敵な恋への憧れみたいなものも。……ただ。

(……経験した事ないもんは、話されへんよなぁ)

 俗に言うときめき、みたいなものを自覚した覚えがない。もしかしたら、どこかで感じたことがあったかもしれないけど、自分で分からなければ意味がない。

 この性格は、多分前から変わってない。最近、ぼんやりとだけど以前の生活の記憶が少しずつ戻ってきた。
 と言っても、それらは全て中学生くらいまでの出来事だったり、家族との関わりだったりで、この世界に来ることになった原因らしきものは未だに思い出せないままだ。

 ただ、中学時代に、ひたすらバレー部のマネージャーをして過ごしていた事はハッキリした。この世界での中学時代と全く変わらない。
 お多感な時期に、二度も同じ行動をしていた事には、少し笑ってしまった。あの様子なら、高校生になっても、恋愛をしていたとは到底思えない。
 ぼんやりと、でも確かに、やっぱりわたしには縁のない話だと感じている。

 そんなわたしに、双葉は呆れを隠そうともせず大きくため息をついた。

「ほんならもっと具体的に言うたるわ。宮治のこと、どうも思ってへんの?」
「治くん?なんで?」
「なんでって、毎日仲良お喋っとるやん。授業中もコソコソなんか喋ってんの、見えてんで」
「それは隣の席やからやろ?」
「でも治って別に自分から女子に声掛けに行くようなキャラちゃうやん。マネにしたって、春那のこと気に掛けてるように見えるわ」
「いや、治くんが気にしてたんは、初日に双葉に食って掛かられたからやって」

 今のところ、ちゃんと友達と呼べそうなのは、双葉と治くんくらいだ。他の子も、まあタイミングが合えば話すことはあるけど、グループは違うし、パーソナルなことは全然知らない。

 治くんの方は、いつでも人に囲まれている、とまではいかないけど、男女関係なくそれなりに人と話している。というか、空腹の彼に、皆が思わず食料をあげるべく集まっている、と言った感じだ。
 それを知っているのも、別にわたしが彼を気にしているからとかじゃなくて、単に隣にいるから目に入るというだけだ。
 宮くんとの事があってから、色々と気にして声を掛けてくれたのは嬉しかったし有難かったけど、そのくらいで邪推されたら、向こうはたまったもんじゃないと思う。

 妙に食い下がる双葉を不思議に思いつつ、「大体、前はアイツ最悪やとか何とか言うとったのに」と零してみれば、「あ〜あれな、そんな事あったなぁ」としみじみと言った。自分で言ってたクセに。

「けど、私が春那を一人にしてもうた時一緒に帰ってくれたんやろ?あと熱出してた時もなんかフォローしてくれたし、基本的に悪いヤツではないんかなって」
「基本的にっていうか、双葉がキレてたんは治くんには一切関係無いけどな」
「ええの〜?入学したばっかでそんな目立ってへんけど、既に結構人気あるし、ボヤボヤしてたらあっという間に盗られてまうで」
「まあモテそう、っていうんは分かるわ。客観的に見てかっこいいとも思うし」

 さすがにこれは、素直に頷くしかない。将来的には他校にまで女の子のファンができるんだし、入学当初から騒がれるのは当たり前だ。

 そもそも、何かに真剣に打ち込んでいる人の姿は、それだけで魅力的だ。
 それについては、わたしはこの世界で誰より、魅せられている自信がある。例え、彼らに大事な人が出来ても、誰が彼らを好きになっても、これだけは譲れない。

「あとは……侑の方も、まあ顔は良いからなぁ。けど、治よりは控えめな気するわ」
「え、なんで?」
「何言うてんねん、春那も直に味わったやろ?アイツ、めっちゃ口悪いやん!あとガキっぽくて喧しい!」
「ああ……」

 宮くんの名誉を考えたら、ここは素直に納得しちゃいけないところなんだろうけど、正直心当たりしかない。
 とはいえ、半分くらいは双葉の感想だと思う。その証拠に、「さすがに!」と話はまだ続く。

「教室ではまだマシらしいけど、煩いんはもうお家芸みたいなもんやん。あとバレー部同士で偶に口喧嘩もしとるし」
「…………」

 以前わたしが3組に行った時の事を思い出した。あの時、クラスでやけに視線を感じるとは思ったけど、あれはやっぱり宮くんが注目されているからだったんだ。

 治くんよりは控えめ、とは言っても比較対象が比較対象だから、あまり参考にはならない。それに、表立って好意を寄せている子が少ないと言うだけで、密かに好いている子の数はもっと膨れ上がるはずだ。

「……でも、ちゃんと優しいところもあるで、宮くん。子供っぽいんも喧嘩っ早いんも……まあそうかもしれへんけど、宮くんて、バレーにめっちゃ真剣やから」
「…………春那にそこまで庇われるとは思わんかったわ」

 双葉の情報源は専ら吹奏楽部のコミュニティだ。いずれ応援団として力を貸してもらうことになるし、あまり悪いイメージばかり持たれているのも忍びない。
 そう思ってフォローすると、激しく熱弁していた双葉の動きが止まる。

「え、聞いてへんのやけど。アンタ治と仲良さげに見えて実は侑みたいなんがタイプやったん?」
「いやいや、今のはそういうんやなくて!!」
「ほんなら結局どっちやねん」
「どっちとかでもないわ!!」

 またとんでもないことを言い出した双葉に、逐一違うと訂正を入れていると、いつの間にかプレートは全て空になっていた。






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