小さき命の強い意志



ーー花に、興味を抱いた事なんて無かった。

 わざわざ路傍に咲く花が何かなんて考えないし、考えたところで分からない。そこらの草むらにある小さな草花を、避けて歩こうとも思わなかった。
 だが、苗字はそういう奴だった。



「いつも花を踏んづけちゃった時、ごめんねって思うんだ。せっかく綺麗に咲いた所を見て貰えていたのに…って」
「別に、花は見て貰いたくて咲いてる訳じゃないだろ」
「そうかもしれないけど…少なくとも、わたし達に踏まれる為に咲いてる訳じゃないよ」



 高専で初めて会った時、流れで植物の話になり、こんな会話をした事がある。俺自身、何故あんな意地の悪い言い方をしてしまったのか分からないが、あれから、苗字の印象が変わった事は、よく覚えている。

 第一印象では、良くも悪くも普通の…控えめな女だと思っていたのに。あの時確かに、彼女の強い想いを感じた。
 小さき命に、強かに生きて欲しいーーそんな、強い願いを。



「(……今の、オオイヌフグリだな、多分)」



 ふと目についた小さな青い花の名前が、すぐに頭に浮かんだ。苗字に出会わなければ、きっと俺は一生知らなかった名前だ。
 俺は何故か、本来なら聞き流していたであろう蘊蓄を、出来るだけ頭に入れるようにしていた。

 ーー馬鹿馬鹿しい。どうして俺が、こんな事。

 それはもう何度も思った。しかしその度に、あの時のアイツの瞳に宿った強い光が思い起こされて、結局は留まってしまう。



「伏黒くーーん!」



 後ろから、声が聞こえる。思わず足を止めるが、振り返る事はしなかった。今の今まで考えていた人間が急に現れて、どんな顔をすればいいのか分からなかったからだ。

 しかし苗字は、そんな事はお構いなしに追い付いてきて俺の前に回り込んだ。俺の瞳に真っ直ぐ視線を合わせて、にっこりと笑う。



「さっき、そこの道の端の所に、オオイヌノフグリが咲いててね……あ、オオイヌノフグリっていうのは……」
「俺も見た。一輪だけぽつっと咲いてたヤツだろ?」



 見た、というにはあまりに短い間しか視界に入れてはいなかったが、気付いたことには違いないのでそう伝えれば、何故か苗字はひどく驚いた様子だった。大きな瞳を真ん丸にして、瞼を瞬かせている。



「えっ、本当?前は全然知らなさそうだったのに……どうしたの?」
「一度聞いてるんだから別に覚えててもおかしくはねぇだろ。前…そんなに興味無さそうだったか?」
「ううん!伏黒くんがって訳じゃないけど……皆、いつも聞いてるようで聞いてないから……その、びっくりして」
「ああ……」



 それを聞いてとても納得した。確かに、コイツの植物に関する蘊蓄は、一度始まるとそこそこ長い。俺は粗方聞いているが、虎杖や釘崎は寝こけるか、終わるまで二人してふざけているかのどっちかだ。

 それに、オオイヌノフグリなんて元々色々な所で咲く花だ。いちいち見つけて反応している方が珍しいだろう。



「まあ、先輩たちは特に顕著に聞いてねえよな」
「でしょう?でも伏黒くんはちゃんと聞いてくれてたんだねぇ…ごめんね、ちょっと意外だった」
「?」
「最初に会ったとき、あんまり楽しそうじゃなかったじゃない?だから、こういう話好きじゃないのかなって思って」
「……」



 それに関しては、圧倒的に俺が悪い。

 何度考えてもあの時あんな事を言った理由は分からないが、恐らく平和的な思考を展開する苗字に敢えて現実的な事をぶつけてやろうという小さな悪意があったことは事実だ。
 ガキ過ぎて笑えるほどに、愚かしいと自分でも思った。



「それは…悪かった。悪意がなかった訳じゃねぇから…言い訳もしない」
「いやいや、よくある事だし、気にしてないよ!それに、それからはちゃんと聞いてくれてたのに、誤解してたのも事実だし」



 その言葉が嘘ではなさそうだと態度で分かり、少し安心する。この話を持ち出したのも、流れというか彼女の中でもう過去になっているからなのだろう。



「……つーか、俺がこの手の話が嫌いかもしれないって思ってたのに、あんなに色々話してたのか?」



 俺もそう割り切ることにして、気になっていた事を尋ねた。すると、彼女はバツが悪そうに苦笑して頬を掻く。



「あっ、あれでも抑えてはいたんだけどね……」
「あれでか?……」



 ぺらぺらと、まるで辞書でも読んでるかのように次々に情報を喋っている苗字のいつの日かの様子を思い出し、つい顔が頬が緩んでしまう。



「もしかして、思い出してる?やめてよ!わたしだって暴走してる自覚はあるんだから……!」
「くっ……いや、悪い……っ……」
「笑いながら言われても!いつものポーカーフェイスどこ行ったの!」



 いつもは意図せずしてボケ倒しているのに、恥ずかしいのか顔を赤くしながら珍しくツッコミに回っていた。
 それを見て、もっとからかってやりたい、と少し悪戯心が芽生える。



「(……は?何考えてんだ)」



 笑いで冷静じゃない思考の中、どさくさに紛れてとんでもない事を考えてしまったような気がする。しかし同時に、今までの俺の疑問にも、答えが出た気がした。



「……いや、笑ったりして悪かった。苗字ってすげぇ一直線だったんだなと、改めて思った」
「やっぱり思い出してたんだ!?……まぁ、わたしも、伏黒くんが実は律義に話聞いてくれる人だって分かったし、そんな風に笑う所、初めて見たし……お互い様、かなぁ」

「虎杖たちに自慢したりするなよ」
「ええっ、どうして!?」



 コイツに出会うまで興味がなかった花の話を、馬鹿真面目に聞ける理由が分かってしまった。そしてそれは、恐らく傍から見たら、分かりやすいもの、かもしれない。



「……いいから。それより、今度からはまた新しい事教えてくれ」
「うん、それはもちろん!伏黒くんに一番に話すよ」
「おう」



 だからまだ、他人には知られたくない。せめて、この気持ちを持て余しているうちは。苗字との関係が、今のままであるうちは。












「さっき俺のこと「律儀」っつってたけど、どうでもいい時はスルーする事全然あるぞ」
「そんなに植物の事、興味あったんだ?」
「あー……まあ」
「えっ違うの?えっ?」
「(長期戦だな、これは)」

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