*「黒崎くんの言いなりになんてならない」より、好きなシチュエーションパロディ
「あ、独歩お疲れ様。上がって」
扉を開けると、絶賛十連勤中、二徹明けの観音坂独歩が姿を現した。見るからに草臥れている彼を、手早く室内へと招き入れる。
「晩御飯すぐ温めるね」
疲れもピークだろうし、今日はなるべく早く休んで欲しくて、足早にキッチンへと歩を進める。しかし、肝心の独歩がついて来ていないことに気が付き、振り返った。
「………」
見れば、何やら虚空を見つめて考え込んでいる様子だった。
もしや、疲れが限界を超えてしまったのだろうか。なら、先にお風呂に入ってもらった方が良かっただろうか、などと考えながら、近寄る。
「独歩、大丈夫?疲れてるなら、先お風呂入る?」
「………誰か、部屋入れたか?」
しかし、私の問いには答えず、逆に問い返して来た。
何故そんな事を聞くのか、とは思ったけれど、こういう時の独歩は、思考回路が飛んでいると分かっているので、素直に答える事にした。
「うん。同僚が職場の忘れ物届けてくれたから、ちょっとお茶したよ」
「駄目だろ、気安く入れたら。もし何かあったら、どうするんだよ」
「えー、無いよ。無い無い。私のことそんな風に見るなんて、独歩くらいしかいないって」
想像もつかない『もしも』に、私はつい笑ってしまう。でも、それを聞いた独歩は、何故かズーンと肩を落としてしまった。
「………はぁ、これも俺のせいだよな……今まで何も言わなかったツケが回ってきたんだ。警戒心が無いのも、分かってくれないのも全部俺のせい俺のせい……」
「ちょっと、独歩?」
いよいよ、疲れがパラメータを振り切ってしまったのかと心配になって顔を覗き込んでみれば、その顔は存外生気が漲っていた。むしろ、心無しかその瞳はギラついているようにさえ見える。
何となく、何となく嫌な予感がして、一歩後ろに引こうとした瞬間。
「ーー大丈夫だ。ちゃんと、分からせてやるから」
「え………うひゃっ……!」
ガッと腕を捕まれ、そのまま抱き上げられる。そして二徹明けとは思えないスピードで寝室に辿り着くと、私をベッドに組み敷いた。
ここまでは良い。ーーいや、決して良くはないが、徹夜明け独歩には偶にある流れだ。しかし、お次に独歩がとった行動はと言えば。
「ちょ、何してるの……!?」
「………」
私の視界が遮られた。独歩がいつも使っているネクタイを目に当てて固定されたのだ。もしや今日はそういうプレイをお望みなのかと、身構えた時。
「……今からされること、俺じゃない奴からだと思ってろ」
ここまでずっと無言だった独歩の声が降ってきた。どんな顔で言っているのかも、その言葉の意味も全く分からない。
「ねえ、どういうーーんん!?」
しかし、それを聞こうとして開いた唇は、一瞬にして飲み込まれた。
「ん、……ふ.ッ……んん、待っ、ン……」
どうやら喋らせる気も、これ以上説明する気も無いらしい。何か話そうとすると、言葉ごと貪られる。
いつもみたいに、優しさなんて感じられない。何を考えているのかが分からず、『怖い』と思い始めたとき。
「…ひ、ぁ……」
スカートの中を潜って、太ももに冷えた指先が伝ったのが分かった。それもやっぱりどこか乱暴で、まるで独歩じゃないみたいで。
ーー俺じゃない奴からだと思ってろ。
そこで、独歩の先程の言葉が蘇った。更に与えられる刺激を必死に逃がしながら、回らない頭で考える。そして、点でしかなかった今日の独歩の言動が、全て線で繋がった気がした。
つまり、私がもっと警戒しないとこうなるぞ、と身をもって教えようとしているーーのだと思う。いつもはもっと言葉責めしてくる独歩が、異常なまでに無言なのも、その為だろう。
「………ぁ、やっ……ど、ぽっ!分かった、分かったから……!」
舌先が下に向かい始めて、漸く解放された口で叫ぶ。また口を塞がれたらどうしようかと思っていたけど、刺激が止んだ事から察するに、一旦動きを止めてくれたようだ。
「今度からはちゃんと、気を付けるから……簡単に人入れないし、独歩の忠告も、聞くから……」
生理的なものだけでは無い涙が、独歩のネクタイを濡らす。私のためにしてくれた事なのは分かっているけど、やっぱりーー
「独歩の顔、ちゃんと見たい………それに、独歩じゃない人に触られてるなんて、想像したくない……!私は、独歩じゃないと嫌……!」
「…っ、お前な……!」
突然明るい世界が戻って来て。
目の前には、怒ったような、呆れたような、複雑そうな独歩の顔があった。
「ここに来て煽るか、普通………」
「ホントの事だから」
私もテンションがおかしくなって来た。もはやヤケクソで、すぐさま肯定すると、ぎゅ、と優しく抱き締められる。耳元で、掠れた甘い声がした。
「………飯、食えそうにない。すまん」
「いいよ。今日は私が悪いから」
一度離れて、笑い合って。もう一度、降ってきたキスは、とても優しかった。
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