家に帰ってくるなり、「朝会社行く時、一二三に会ってさ。お前と食べてくれって、こんなに貰ったんだ。ちょっとつまんだけど、やっぱ一二三の作るものは美味いな」だって。
そりゃ、一二三くんの料理は凄く美味しいし、正直勝てる気がしない。
けれど、直前にそんなこと言われたら、渡しづらいし、渡す勇気もなくなってしまう。
分かってる。独歩に悪気がないってことくらい。でも、今日はバレンタインデーだし、彼女の私が渡す事くらい予想してるだろうに。
「独歩のバカー!!」
渡せなくなってしまった小さな小箱を投げてしまおうかと、振りかぶった時。
「それ、捨てちまうのか?」
後ろから声が聞こえた。聞いた事ある声だなぁ、と思いながら振り返った先にはーー
「あ、有栖川帝統……!」
かの有名な、というかディビジョンバトルで有名になった、FlingPosseの有栖川帝統が地べたに転がっていた。この季節に、こんな所で寝ているなんて、想像しただけで寒い。
「なあ、それ捨てんのかよ」
「えっ、ええと……まあその予定というか何と言うか………」
流石に即座に捨てる、とは言えなかったけどこのまま戻って素直に独歩に渡せる気もしない。
どっちつかずの答えをモゴモゴと口にしていると、有栖川帝統はパンッ、と顔の前で手を合わせた。
「だったらそれ、俺にくれよ!賭場で有り金スっちまって、今日の飯ねぇんだ!……な?」
そう言いながら、ちら、とこちらを見上げてくる。それがどうにも、腹を空かせて困っている猫のようにも見えて、愛護心を煽られる。更に私は、彼の若さゆえのキラキラ感に充てられていた。
どうせ自分で食べようかと思ってたし、別にいいかな。
そう思って、振り上げた小箱を差し出そうとすると。
「待てよ」
その腕を、横から思い切り引っ張られた。転びそうになるけど、意外と逞しい腕の中にすっぽり収まって、その心配もない。よく知っている匂いに包まれた。
首だけ回して振り返ると、不機嫌そうな、というより何処か殺気立った独歩の顔が。
「何やってんだ、お前」
「だって……」
「んだよ、リーマン。ソイツ離せよ。ちょうど食いモン貰うとこだったんだぞ」
「離す訳ないだろ!あと、お前にやるモンはねえから大人しく帰れ、ギャンブラー」
ライバルだから、っていうのもあるのかもしれないけど、独歩が全然ヘコヘコしてない。まるでラップバトルしてる時みたいに、敵意剥き出しだ。
珍しいものを見られて、ちょっと嬉しい反面、まだ拗ねていたい気持ちが勝って、口を尖らせてしまう。
「……一二三くんのあるから要らないんじゃないの?」
「あのなぁ……他の誰かのをどんだけ貰ってたって、お前のが欲しいに決まってるだろ。それをこんなクソジャリに……これも俺が不甲斐ないせいなんだ……分かってる……俺のせい俺のせい……でもこればっかりは譲れるかよクソ……」
「独歩……」
「………何だよ!リーマンに渡す予定ならそう言えよなぁ」
私を抱きしめたまま本音を呟く独歩を見詰めていると、有栖川帝統が頭をガシガシと掻きながらボヤいた。巻き込んでしまった上に、変に期待させてしまって、何だか申し訳なくなってくる。
「あ……なんかごめんね。お詫びに今度、何かあげるから」
「マジかよ。なら食いモンか金貸してくれ!」
「はぁ!?何言ってんだよ!どんだけお人好しなんだお前……それなら、俺が菓子折りか何か持ってくよ」
呆れた目線を向けながら、それでもそう言ってくれた。
「ありがとう、独歩」
「待ってるぜリーマン!じゃあな!姉ちゃん!」
「あ、うん……」
こうして嵐のように、有栖川帝統は慌ただしく駆けて行った。腹を空かしていると言っていたのに、元気な事だ。
「独歩も、ごめんね。独歩がそんなつもりじゃないの分かってたのに、八つ当たりしちゃって」
「いや、俺がプレッシャー掛けるようなこと言ったのが悪いんだ。ごめん」
お互い謝って、仲直りしたところで、私は改めて小箱を独歩に差し出した。
「はい、これからもよろしくね!……大好き」
「なっ………はぁ、可愛い」
「えっ」
「あっ」
不意に聞こえた“可愛い”というワードに驚けば、同じようなトーンで声が返ってきた。どうやら、心の声だったらしい。
「すすすすすまん……!!急に気持ち悪かったよな……そうだよな……」
「ふふふ、嬉しいに決まってるでしょ。ありがとう」
謝り倒す独歩に顔を上げてもらって、もう一度お礼を言った。謝ったり好きだと言ったり、お礼を言ったり。今日は忙しい日だ。
「……さっきの言葉だけど……俺も、好きだ」
不意に独歩が、そう言ってはにかんだ。少し照れたようなその表情は、とても穏やかで、目を奪われる。
「………ずるいよ……」
「えっ、俺何かしたか?」
思わずしゃがみこんでしまった私に、独歩は心底困惑したような顔をしていた。それがちょっと悔しくて、でも心の中は幸せな気持ちで溢れていた。
*
【おまけの後日談SS】
「あの…菓子折りを持ってきました……」
「お、マジで来たのかよ。つーか、今日は弱っちいリーマンなんだな」
「はい?……あの、その……俺が強かった事なんてありましたっけ……」
「無自覚なのかよ。あの姉ちゃんが絡んだら、ラップしてる時みてえに殺意ギンギラギンの癖によ」
「……そりゃ、まあ………」
「でもあの姉ちゃん面白え女だったな。また会えっかな」
「は?」
「(そういうとこなんだよな)」
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