寒い冬と唇の温度



「……んっ、んん……ふ……」
「ん……は……」

 朝日は昇っているはずなのに、締め切られたカーテンのお陰で遮断された日光。照明も付いておらず、薄暗い部屋の中。ベッドに沈み込んだ体同士が近づく度、唇と唇がくっ付いては離れ、今度は深く重なる。それを何度も繰り返すうち、息苦さを感じ始め、目尻に生理的な涙が滲む。
 そんな私の様子を見て、『そろそろ』だと思ったのか、伏黒の手が私の服の中に侵入しようとして__

「……ちょっ!ちょっと待った!!」
「…………何だよ」

 思わずその手を思い切り掴んだ。伏黒はと言うと、かなり『いい雰囲気』だった所を、まさかの私に邪魔されて、ご不満気味だ。拗ねている伏黒はたまに見るけど、やっぱり可愛い。
 ……いや、そうじゃなくて。

「なに流れに任せてそのまま行こうとしてるの!危うく本当に流されかけたよ!」
「…………」
「……もしかして、そういう魂胆だった?」
「魂胆ってお前……元はと言えば、誘ってきたのはそっちだろうが」
「それは語弊が__」



 __それは、遡ること数分前。

「ったく、いつも急過ぎるだろ」
「だって皆いなくて退屈だったんだもの」

 それなりに忙しい呪術師の私たちが、揃って休みだと気が付いたのは朝ご飯を食べ終わった頃。伏黒は休みの時は昼近くまで寝ているのは知っていたけれど、せっかくだから二人でゆっくり過ごしたいと思ったのだ。
 部屋を尋ねると案の定、伏黒の顔には「寝起きです」と書いてあった。平日だと私の方が遅い事が多いため、少しレアなものが見られたと得した気分だった。
 そんな調子で、今日のささやかな特別に浮かれながら、伏黒の部屋に足を踏み入れたのだけれど。

「わっ……さっむ……!!」
「まあ、寝てる間は暖房切ってあったからな」
「寒い、寒すぎるよ!!」

 暖房のきいた場所にいた故に、今の私はそんなに着込んでいない。ガタガタ震えながら、何故か目の前で平然としている伏黒を見上げる。
 どうしてそんなに普通にしていられるのか、訳が分からなかったけれど、伏黒は寝起きだったと思い出して、合点がいった。同時に、私自身のこの寒さへの苦しみを軽減する方法も思いついたので、即実行する。

「ちょっと失礼…!」
「はっ……!?おま、何してんだ……!」
「暖取ってるんだよ。あ〜、あったか〜……最高……」
「…………」

 私の予想通り、先程まで伏黒がぐっすり眠っていたお陰で、彼の布団の中はほかほかに温まっていた。もちろん、ベッドサイドに置いてあるリモコンで、エアコンの電源を入れるのも忘れない。
 伏黒には大いに呆れられているような気がするけれど、恋人という関係ならば、このくらいの甘えは許されるんじゃないだろうか。

「……お前な、マジで……」

 どうやら完全に目が覚めたらしい伏黒は、額に手を当てて、何かしらをモゴモゴと呟いている。

「もしかして寒くなってきた?だったら伏黒も来なよ。二度寝、二度寝!」

 そうして布団をバンバン叩けば、伏黒は急に真顔になった。さっきまで滲み出ていた呆れも何処かにすっ飛んでしまったみたいだ。言うなれば、無。
 __いい加減にしろ、と。
 少し掠れた低い声が聞こえた時には、既に視界は伏黒の顔でいっぱいだった。



 __語弊、語弊か。無いな、うん。

「まっ、待って、わかったよ!伏黒の言わんとする事はわかったから……!」

 ここに至る経緯を思い返して、流石の私も気付いた。私が阿呆過ぎた事に。どう考えても、私が悪い。
 ぶっちゃけ、何も考えずに『ああいう事』を言ってしまって、伏黒を困らせる事はよくある。その度に怒られるのだけど、根本的に頭のネジが緩いせいで中々治らないのだ。
 タチが悪いのは、私もわざとやってる訳じゃないって事。思い返して、恥ずかしい思いをするのは私も同じだ。
 既に今この瞬間、恥を晒しすぎて穴があったら入りたいくらいだった。いくら私に落ち度があっても、流石に心の準備やら何やらが足りなさすぎる。

「…………ハァ」

 私の顔が羞恥で赤く染まりきっている事に気付いたのか、伏黒は脱力したように、私の隣に倒れ込んだ。

「だったら、一旦共有スペースでテレビでも見てろ。着替えたら俺も行く」
「分かった」

 力の抜けた顔を見せたくないんだろう。うつ伏せのまま言う伏黒に頷いて、そろりと布団から出た。まだ暖房は付けたばかりのはずなのに、身体は火照っていて、全然寒くない。
 振り返っても微動だにしない伏黒に、思わず笑みがこぼれる。私がこうして馬鹿をやっても、その意図が無かったと分かると、伏黒は絶対に先には進まない。色々と申し訳ないと思う反面、そういう優しいところが、何度でも大好きだって感じるのだ。
 私はそのままベッドへと歩みを進め、再びエアコンのリモコンを手に取った。ピッという音と共に、電源が落ちる。

「……何やってんだ」

 顔を上げた伏黒は、案の定訝しげな表情だった。またコイツ何かやらかす気か、とでも言いたげだ。
 そんな彼の唇に、自分のを合わせた。軽くくっ付けただけで、すぐ離したけれど。

「あのな__」
「あのね」

 一瞬だけ驚いたように目を見張った伏黒が、私を睨み付けて何かを言おうとするけれど、構わずそれを遮った。

「キスしたらあったまるかなって思ってたけど、やっぱり寒くって。伏黒なら、もっと暖かくしてくれるんじゃないかなって…………その、どう思う?」
「っ!」

 息を呑むのが分かった。尻すぼみな調子だったけれど、ちゃんと聞こえていたらしい。
 あ、と思った時には、再び目の前が反転していた。視界には、天井と、伏黒の顔。

「……いつもの、じゃないんだな?」

 その黒い瞳には、明らかに欲が宿っている。獰猛で、ほんの少しだけ恐ろしい、ギラギラとした欲が。それでもまだ尋ねてくれる伏黒に、応えたい。不安や恐怖よりも強いその気持ちに従って、迷いなく頷く。

「うん。だって寒いもん」
「はっ、何だそれ」

 張り詰めたように強ばらせていた表情が、やっと緩む。再び深く重ねられる唇を受け入れながら、私達は温度を分け合っていた。






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