恋愛ネモフォビア




「……なぁ」
「ど、どうしたの?」
「…いや、いい」
「…そっか」

「……」
「……」



 今の気持ちを十文字で述べよ。

 ーーとっても気まずい。
 ああ、一文字足りない。いやそんな事はどうでも良くて。



「(虎杖悠仁ー!!何やってんの!?)」



 今日、同じ任務に向かうはずのわたし達一年ズ。
 今回相手となる呪いの性質から、昼から夕方に差し掛かる時間帯を狙い目に祓いに行く事になっていた。ーーが、任務地方面で買いたい物があるらしい野薔薇とは、現地集合する事になっている。わたしも買い物に誘われたけれど、金欠気味なのとそこまで服に飢えていないのとで、丁重にお断りした。
 よって、先に高専近くのファミレスでご飯でも食べてから行こう、みたいな話になって、待ち合わせていたはずだったのに。

 何故か。何故か、虎杖が全然来る気配が無い。



「(なんで?携帯も連絡つかないし!)」



 時間にはまだまだ余裕があるとか、注文した料理はまだひとつも来てないとか、そういう問題じゃない。

 ちらり、と目の前に座る伏黒恵を盗み見る。相も変わらずのポーカーフェイスで、宙を見つめる彼との間には、先程のような会話と呼べるのかすら怪しいやり取りしかない。今になって、こんな思いをするくらいなら、野薔薇について行けばよかった……と非常に後悔している。



「(……こんなじゃ無かったのに……)」



 別に伏黒と仲が良くないから二人きりが嫌な訳じゃない。むしろ、前はそれなりに仲が良かった……はずだ。
 入学する前から、呪術師としてそれなりに関わりはあったし、入学後も虎杖と野薔薇が来るまで、一年は二人だけだったのだ。初めから友好関係を築けていた訳では無いけど、今は違う。

 口数はそんなに多くないし、時々心に刺さるツッコミをされる事もある。でも、わたしがどうしようもなく落ち込んだ時、欲しい言葉をくれたり、言葉なしに態度で励まされたり。何でもない時間にわたし達が始めた馬鹿みたいなノリでも、何だかんだ良いながら結局乗ってくれる、優しい奴、だと思っている。今も。

 しかしーー



「……お前の事が、好きだ」



 二日前。いつもの二年生による近接訓練中。少ししかない自販機の前で。いつも通り、スポドリを自分たちの分と先輩たちの分とを買って。

 突然の事だった。



「……意味、分かんない………」
「!」
「……ッ」
「な、オイ…」



 わたしはあの時、ろくな事も言えずに、逃げ出してしまった。そしてそれ以来、顔を合わせ辛くてずっと避けていた。ついでに、あんな事を口走ってしまった事をとても悔いている。
 伏黒からしたら、わたしの方が『意味が分からない』だろう。「YES」でも「NO」でもなく、「意味が分からない」。もしこれがドラマなら、わたしはテレビの前で「どっちだよ!」ってツッコんでいただろう。

 でも、分からないものは分からない。



「……ねぇ、ちょっと虎杖遅過ぎない?」
「……そうか?虎杖だし、そんなもんだろ」
「………いやいや、おかしいって、流石に。何かあったのかもしれないじゃん」



 虎杖が黄泉帰って来て、少し。
 粗方の事情を聞かされて、虎杖は虎杖でそれなりの試練を乗り越えたのだと知った。だから簡単にやられるような奴じゃないとはわたしも分かっている。けれど、携帯にすら反応が無いなんて、落ち着いていられる方がおかしい。



「……伏黒、何か隠してる事あるんじゃないの?」
「………ねぇよ」
「その微妙な間が怪しいんだけど」



 そもそも、冒頭のように話しかけておいて「なんでもない」なんてどうも伏黒らしくないと言うか。よくよく考えてみれば、何だか今日は落ち着かないでソワソワしているように思える。
 何かしらの『縛り』で言えないとか、呪術師の等級的にわたしには聞かせられないとかなら、そう伝わるようにすればいいし、伏黒もそうしたはずだ。だからこそ、この歯切れの悪さが気味悪かった。

 わたしが咎める意味を込めて睨み付けると、はぁ、とひと息吐いてから口を開く。たぶん、伏黒は隠し事に向いてない。



「……まあ、あれだ。とにかく、虎杖は平気だ」
「なんで言い切れんの?」
「今頃、釘崎の荷物持ちやってるから」
「え、何それ。聞いてないんだけど」



 思わず机に手をついて立ち上がってしまったわたしに対して、伏黒は表情を変えないまま、「昨日、俺が頼んだからな」などと抜かしている。
 つまり、今の状況は伏黒の想定通り、という事か。



「……先行ってる」
「は……オイ、名前!」



 既に先ほどの勢いで立ち上がってしまっていたわたしは、そのままくるりと踵を返して、店の出口に向かって早足で進む。制止の声は全部無視した。

 注文した料理はまだ来てなかったし、会計も当然済ませていない。そこだけは申し訳なく思うけれど、それは後で必ず払う事にする。
 とにかく今は、伏黒と一緒にいたくなかった。



「(………子供みたいだ、わたし)」



 何が気に入らなかったのか、自分でもはっきり分からないのにキレて、人に迷惑掛けて。報連相は不足してたと思うけど、多分伏黒は悪くない。



「はぁ………」




**




「ーーそれであん時、アンタらの空気最悪だった訳ね」
「う……それは、ごめん……」
「や、別に私は良いけど。結果、何事も無く祓えたし?それよりも、野次馬根性丸出しの五条先生の相手の方が面倒だったわよ」
「………」



 あの日から、さらに数日が経過していた。
 今、伏黒は虎杖と組んでとある呪霊討伐に当たっている。伏黒は優秀な呪術師だ。彼を必要とする場所は沢山ある。向こうが多忙なおかげで、しばらく顔を合わせずに済んでいるのが不幸中の幸いだった。(当然お金はちゃんと返した)

 翻って、わたしには呪術師としての仕事も無ければ、高専の授業も無いこの日曜日。状況を同じくしている野薔薇と、渋谷のお洒落カフェで寛いでいた。

 わたしと伏黒の間に"何か"あったらしい事は、先輩方や五条先生も何となく察してはいたと思う。わたしも伏黒も個人的な諍いを任務に持ち込まないようにはしているからノータッチだったけど、流石にこの間のアレは誤魔化しきれなかった。
 見かねた野薔薇が「吐け」と直球で命令__いや、尋ねてきた為、経緯を洗いざらい話したのだ。

 普段ならもっと誰に対しても軽口を叩き返すわたしが、そんな気力もなく意気消沈しているからか、流石に野薔薇も心配の色を滲ませている。



「……名前、伏黒の事嫌いなの?」
「えっ……嫌いな訳ないでしょ。むしろ、一緒にいて楽しいよ」
「でも、アンタの反応見てたら、誰だって私と同じように思うわよ。好き避けってやつなのかもしれないけど、限度ってモンがあるでしょ」



 先程の心配は何処へやら、半ば呆れたように肩を竦める野薔薇の言葉を聞いて、わたしの中で前々から燻っていた疑問が、抑えきれないところまで浮上していた。



「……ねえ、野薔薇」
「何よ」
「好き、って何なんだろうね」
「はあ?」



 何言ってんの?っていうか、アンタそんな哲学的な事で悩めるのね__と、言われはしないけど、野薔薇の表情がそれをありありと物語っている。



「……… いや、何かね、わたし、恋愛だの愛だのって言うのが、分かんないみたいで。だから『好きだ』って言われても、ピンと来ないっていうか」
「今まで恋愛したことないって事?」
「そりゃそうだよ。大体さ、わたしと伏黒が付き合ってるのなんて、想像できなくない?」
「簡っ単に想像できるけど」
「え」



 まあ確かにね、的な答えを想定していたので、何とも間抜けな声が漏れてしまった。そんなわたしに対して、もはや呆れを包み隠さず野薔薇は訝しげにこちらを見ながら、シェイクを口にしている。



「え、いや、だって…わたしと伏黒だよ???」
「アンタ自分たちの事なんだと思ってんのよ。私は初対面の時、もう付き合ってるのかと思ってたっての」
「どの辺が??」
「お互いの事は分かりきってまーす、みたいな素振りしといて付き合ってないどころか、伏黒の片思いとか……どこのラブコメだっつーの!!」
「ちょっ、野薔薇落ち着いて…」



 もはや呆れを通り越して、怒りに変わって来たみたいだ。この話をこれ以上続けるのは良くない。
 シェイクを机に叩き付けた野薔薇を宥めながら、わたしはそう判断し、別の話題に切り替えたーー








「…周りにはそう見えるんだなぁ」



 ぼふ、とふかふかのクッションがわたしの頭重を受けて沈む。
 今日、野薔薇と話したことで、ぐちゃぐちゃだった思考が、少し整理されたような気はする。もちろん、わたしの疑問に答えが出たかと言われたら、それは否だけれど。



「(……でも、まず一つ)」



 わたしは、伏黒の事が嫌いだから、付き合う事が考えられないくらい好感度が低いから、こうして悩んでいる訳では無いという事。
 それに、わたしは思った以上に伏黒について詳しい事。少なくとも、野薔薇に"付き合っている"と勘違いされる程度には。付き合いが長いのは確かで、二人きりでいる時間もそこそこあった。

 その時ふと、以前興味本位で読んだ少女漫画では、所謂『幼馴染』が一緒に過ごすうちに、自然と互いを好きになって、自然と付き合って……という流れだったのを思い出す。アレが世間一般では『よくある事』なのだとしたら、確かにわたし達が誤解されるのも全くの見当違いという訳ではなさそうだ。



「(…………駄目だ、想像できない)」



 伏黒と一緒に時間を過ごすのは楽しい。これは紛れもない事実だ。そして、今まで築き上げてきた信頼関係もある。それでも、そこから男女として付き合う……という所まで考えを及ばせようとすると、モヤがかかったように、その絵が浮かばない。

 大体、自分で言うのはとても尊大な気はするけど、わたしが伏黒についてよく知っているように、彼もまた、わたしをそれなりに理解しているはずだ。だとしたら伏黒は、告白すればわたしがこうなってしまう事が、分かっていたんじゃないだろうか。
 それでも伏黒は、自分の気持ちを伝えた。

 ーーどうして?

 新たな疑問が増える。でも多分、これから逃げる事は、伏黒から逃げる事に等しい。既に物理的に逃げ出しておいて何だけれど、これ以上__せめて心理的には、逃げたくない。

 そう、思った、のだけれど。



**



「え、今なんて言いました?」
「今から千葉に行って、恵と合流。で、この呪詛師捕まえて来てね…って言ったんだよ。ちゃんと聞こえた?」
「き、聞こえました……」



 決意新たに、先輩方に扱かれていた、次の日。

 わたしだけ五条先生に呼ばれて、何かと思えば、任務だった。問題はその内容だ。先生があんまりにも軽く言うものだから、つい聞き間違いを疑ってしまったけれど、二度も聞いたのだから間違いない。



「え、と…呪詛師相手に、一年二人で良いんですか?っていうか、伏黒は虎杖と二人で別任務じゃ……」
「大したレベルじゃないから、二人で問題ナシ。術式の相性的にも、名前と恵が最善だって判断したんだ。それと、別任務はとっくに終わってるから、そっちも問題ナシさ」
「そ、ですか……」



 無駄と知りながらも抵抗を試みるも、ばっさりと即座に切り捨てられてしまった。『逃げない』と決めたし、任務であるからには余計な私情は持ち込めない。
 分かってはいても、いざいきなりその状況を前にすると身が竦む。そんな自分が情けない。

 いつも以上に口数少なく俯いたわたしに、五条先生が「名前」と呼びかけた。



「なんです…か、っ!?」



 顔を上げた先には、先生の無駄に長い指。それから衝撃。



「いったぁ……」
「何があったのかは把握してるつもりだけど……難しく考えすぎだと思うんだよね」
「はい…?」



 一瞬首を傾げるも、すぐに察した。わたしが伏黒関連で色々と悩みまくっている事は、お見通しな訳だ。さり気なく、この人とも付き合いが長い事に、今更のように気が付いた。



「名前ってさ、昔っからそういう所あるよね。真面目っていうか、深刻になりすぎっていうか?」
「貶したいだけならもう行っていいですかね」
「あー、違う違う。悩める少女に、五条先生が手を差し伸べてあげようと思って」
「ええ……」
「そこは嬉しがる所じゃない?」
「……」



 呪術の事なら、喜んで…とは言わずとも教えを請いたいとは思う。何といっても、自他ともに認める『最強』。強くなるためには、五条悟の存在はマストだろう。

 しかしーー"きちんとした"大人で尊敬できる七海さんはともかく、この人が恋愛の何たるかを知っているとは、到底思えない……というのが、わたしの正直な感想だった。
 雰囲気でわたしの言いたい事を察したのか、「ハイそこ、しらけなーい」と大真面目な顔で両手を叩いている。



「まあとにかくさ、もっとフラットにーー感覚に身を任せる事も大事だって事だよ。恵の事も、それ以外の事も」
「……そんなの、急に出来たら苦労しませんよ」
「それもそうだ。体験してみれば、いずれ分かるさ」



 五条先生のアドバイスは、あくまで呪術に関する話ならば、核心を突いてくる事が多い。だから、何だかんだ言いながら、先生の言葉は胸に留め置いているけれど、今回ばかりは素直に受け止める事が出来なかった。



「……帰ってくる時の、恵の顔が楽しみだ」









「…これで終わり?」
「ああ、本当に大したことなかったな」



 結論から言うと、任務自体はあっけなく終了した。五条先生の言う通り、呪詛師のレベルはわたし達だけで十分対処できるもので、順調すぎて少し怖いくらいだった。このくらいなら、伏黒一人の方が効率が良かったんじゃないかと思う。
 わざわざわたしを合流させたのはーーとそこまで考えて、五条先生の顔を思い出した。

 気を、遣われてしまったのかもしれない。


 そして、なぜ今になってこんな小物が出てきたのか、という点については問い詰めてみればすぐに発覚した。



「うう……仕方なかったんだ…ずっと付き合ってた彼女に……結婚生活の為にって貯めてた資金も、他の貯金も全部持ち逃げされて…それで………」



 呪術自体には馴染んでいたように思えるのに、犯罪に不慣れな様子だったはそういう事だったのか、と納得すると同時に、言い知れない気持ち悪さが募った。無事に一仕事終わったというのに、心に靄がかかったように、気分が晴れない。
 理由は、何となく察しがついていた。きっとその内収まると思っていたのに、呪詛師を引き渡して、諸々の手続きが終わっても、わたしは暗い気持ちのままだった。



「……この後他の任務あるのか?」



 補助監督とは近くの駅で別れて、わたしと伏黒だけになった。
 この間の事を、気にしているんだろう。任務中はおくびにも出さなかったのに、今はわたしに話し掛ける声が硬い。



「ううん、流石にそこまで詰め込まれてない。今日はもう終わり」



 そうでなくても昼過ぎに出たからか、いつの間にか辺りは暗くなってきている。こんな時間から呪霊討伐なんて、さすがに遠慮したい。もちろん、任務と言われれば行かないという選択肢はないのだけれど。



「……だったら、ちょっと寄りたいところがあるんだが」
「ああ、良いんじゃない?五条先生にはわたしから言っとくよ」



 伏黒がそういう事を言い出すのは珍しいが、連続で任務にあたっていたのだ。息抜きをした方がいいに決まっている。あの七海さんだって、任務前に北海道の美味しいジャガイモを堪能したと聞く。むしろ今までが、質素過ぎたのだと思う。

 虎杖や野薔薇の影響なのかもしれないが、前よりこういう事が増えたような気がして、勝手に微笑ましくなっていると。



「いや、お前も一緒に来てくれ」
「え……」
「一人じゃ意味ねぇから」



 それは、どういう意味なんだろう。一人じゃ入りにくい店、という事だろうか。男一人では入りにくい甘味?それともファンシーな小物が置いている雑貨店?色々と思い浮かべてみるものの、どれも伏黒と並べてみるとピンとこない。

 そもそもあの日以来まともにプライベートで話していないから、何を話せばいいのか分からない。
 けれど、昨日逃げないと決めたばかりだ。それに、先程伏黒の変化を喜んでいた手前、断るのも気が引ける。先程の口ぶりからして、わたしが断れば伏黒もきっと、行くのをやめてしまうのだろう。



「……まあ、良いけど」
「悪い。助かる」



 結局、逃げ腰の自分を奮い立たせるため、そして伏黒に息抜きをしてもらうため、わたしは小さく頷いたのだった。







「どこ行くの?」
「もう少しだ。ちょっと待っててくれ」



 伏黒の返しから察するに、着くまで教える気はないらしい。

 せっかく千葉にまでやってきたのだから、何かしら食べたり見に行ったりするのかと思いきや、伏黒に連れ立って乗った電車の行き先は、東京方面だった。何ならもう県境は跨いだので、既に千葉ではない。東京に入ってすぐの駅で降り、今はとある公園をずっと歩いている。
 わたしの前を行く伏黒の表情は見えないので、何を考えているのかも分からない。



「……着いた」



 そうして伏黒が足を止めたのは、公園にある橋の上。

 目的地と言うので何があるのかと、辺りを見回してみるも、特に際立ったものは見当たらない。強いて言うなれば、既に陽が沈んで夜になっているというのに、人がそこそこいる事くらいだろうか。いや、こんな所で人々が集まる理由がない。普通ならば。



「伏黒、もしかして何かあるの?」
「まあな。そのうち始まるだろ」
「……どうして?」
「何がだ」



 わたしの問いに頷いた伏黒を見て、尋ねずにはいられなかった。



「わたし、ここ数日…伏黒に変な態度取ってたし、この間も勝手に怒って迷惑かけたんだよ?これから何が始まるのかは知らないけど……普通、こんなこと出来ないでしょ」



 少なくとも、わたしなら無理だ。「一人では意味がない」という事は、元よりこれから始まる"何か"をわたしに体験させるつもりで言い出した事になる。
 わたしの対応が最悪だったことは、五条先生に気を遣われてしまうくらいには周知の事実で、悲惨だったのだ。本人が分かっていない筈がないのに。

 わたしの動揺が伝わっているのかいないのか、すかさず伏黒が口を開きかけたーー瞬間。

 向かい合うわたし達の横ーーと言っても川を跨いだ向こう側で、飛び上がる口笛じみた音と、破裂する短い音、それからあられが散らばるような音が、続けて、鳴った。
 それはとても大きな音で、遠く離れたわたし達の耳にもしっかりと届いた。



「……花、火……?」



 思わず顔を向けた瞬間、それが何なのかを理解する。音を聞いてから見たせいか、既に夜空に咲く花は散っていた。しかし、またすぐに次の花が爛々と咲き誇り、遅れて音が響く。
 ちらほらと、周りの人の歓声も聞こえた。



「祭りでも、やってるの?」
「よく見ろよ。向こうは、アレがあるだろ」
「……あ」



 そうか。この向こうは、某ネズミのキャラクターたちのテーマパークだった。花火に気を取られていたけれど、向こう側の地上に目を向ければ、キラキラとイルミネーションの片鱗が見える。

 伏黒は、きっとこれが見せたかったのだろう。それくらいは、聞かずともわかった。しかし、やはり疑問は残っている。



「よく知ってたね、ここから見えるって」
「昔五条先生に連れまわされたからな、覚えてる。場所とタイミングが合ったのはたまたまだ」
「なるほど……」



 確かに、あの人ならやりそうではある。わたしも、高専に入る前は今よりも無茶ぶりされていたような気がするし。



「……お前、今日捕まえた呪詛師の事…気にしてただろ。だから、気分が晴れればいいと思ったんだ」
「……バレてたのかぁ」



 唐突に、先程流れをぶった切られた問いの答えが与えられる。そして、やはりわたしの事は思っている以上に伏黒に理解されていることを、改めて突き付けられてしまう。

 花火の音は耳に届いているのに、今わたしの視界も、思考も、多くを占めているのは伏黒だった。



「告白したら、こうなるのは薄々分かってた。俺が…というか、誰の事も男だと意識してない事も」
「……う」
「このタイミングであの呪詛師に会って、気にしないなんて有り得ねえだろ」
「本当にその通りで……」



 何から何まで見抜かれている。いくら何でも筒抜け過ぎじゃないだろうか。それとも、わたしが分かりやす過ぎるのか。

 鳴り響く爆音が、連続的になった。きっと絶えず複数の花が咲いているのだろう。その花々は綺麗なのだろうし、せっかく来たのだから見るべきだ。それは分かっているけれど、先程からずっと、伏黒から目が離せなかった。



「確かにあんな形で終わる恋愛も多い……と思う。それでも俺は、お前が好きだ」
「っ……!」



 深い深い、海の底みたいな、暗い青の瞳。空から降り注ぐ花火の煌めきを受けて、その光は、わたしを真っ直ぐに射抜いた。
 ずっと、長い間一緒にいても、何も感じていなかったはずなのに。目の前の彼とどうにかなるなんて、想像すら出来なかったというのに。今、わたしはこの場の何よりも伏黒恵に惹きつけられている。純粋で、迷いのない、わたしに対する熱を、ひしひしと感じている。

__まあとにかくさ、もっとフラットに__感覚に身を任せる事も大事だって事だよ。恵の事も、それ以外の事も。

 不意に、今日言われたばかりの五条先生の言葉が蘇った。あの人は本当に、普段はおちゃらけている癖に、真理を言う。それが呪術に関する事だけではなさそうだと、わたしは初めて素直に感心した。



「(確かじゃない事ばっかりだけど……急だけど……でも、きっとこの感覚は偽物じゃない)」



 任務で捉えた呪詛師のように、永遠ではないものなのかもしれない。いつか、自分たちの首を絞める事になるのかもしれない。

 そうであったとしても、今はーーこの感覚に身を委ねるのが、真っ直ぐ突き付けられた想いに、真っ直ぐ答える事が、正解だと思うから。



「伏黒!わたし__ 」





back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -