夏恋クライマックス


ワーパレ企画 10: 羽織る ひと夏の 大きな音




 じりじりと照り付ける日差しの下。直射日光を避けたくても、基本何もない広大な海の目の前では、それは叶わない願いだった。

「あっつ……」
「暑いねぇ……」

 と言っても、今日のこの暑さじゃ多少日除けがあったくらいじゃ焼け石に水だろう。
 私たちも、さっきから同じ単語をリズムを変えて言い合っているばかりだ。隣にいる幼馴染の体調を、気遣わずにはいられない。

「倫太郎、ほんとに良かったの?家でゆっくりしてても……」
「海来たいって言ってたじゃん。ずっと前から」
「そうだけど。疲れてるんだったら無理させたくないし」

 確かに、海に行きたいと言い出したのは私だ。インターハイより少し前の電話口で、大会が終わったら帰省すると聞いて、口にした。

 あの時は何も考えてなかったけど、倫太郎は選手で、それもスタメンに選ばれることだってあるくらいの実力もある。大会は連日連戦で疲労も溜まっているはずなのに、身体を休める機会を、私の我儘で潰して良いんだろうか。

「平気だから。そんなにヤワじゃないよ」
「……倫太郎、だいぶ逞しくなったよね。前はあんなに細っこかったのに」

 平然と言ってのける倫太郎を見ると、しみじみとそう思う。
 前に倫太郎に会ったのは、ちょうど一年くらい前だ。冬は春高の事でバタバタしていたし、春は私の部活の合宿が重なって、直接会うことは出来なかった。

 ただ電話はちょくちょくしていたから、久し振りという感覚はないと思っていたけれど。それでもやっぱり、少し雰囲気が違って見える。過酷な練習と試合を乗り越えて来たからか、前よりゴツゴツしてる所が増えた気がした。

「何それ。貶してる?」
「褒めてるんだよ。バレーのために一人で兵庫に行って、寮生活もしてて、結果も出してる。凄いなぁって」

 口では何と言っても、それだけ頑張ってるって事だから、本気で凄いと思ってる。
 だけど、倫太郎だけが身体も心も、先に成長していってるみたいな、私だけが置いて行かれるみたいな気がして、少し寂しいのも本当だ。

 そんな私に、「まあいいけど」と倫太郎は目の前を指した。

「……遊ばないの?せっかく来たのに」
「遊ぶよ!行こ、倫太郎!」

 一瞬過ぎったモヤモヤした気分を吹き飛ばすように、私は強く砂浜を蹴った。




 最初のうちは、浅い所で水掛け合ったり、貝殻を探したり、プカプカ浮かんだりして遊んでいたけど、少し物足りなくなった。とにかく、何かしていたい気分だったのだ。

「ねぇ、もうちょっとあっち行かない?」
「足つかなくなるよ」
「じゃあ倫太郎が足つく所まででいいから」
「……勝手に離れていかないって、約束できる?」
「もう、小さい子じゃないんだから。離れたりしない。約束する」

 あんまりずぶ濡れにはなりたくないのか、渋る倫太郎を説得して、ゆっくり、手を引いてもらいながら、沖の方に向かった。

 私のお腹がしっかり浸かる辺りまでやって来ると、倫太郎が足を止める。ここなら、私もまだつま先立ち出来るけど、これ以上はダメ、という事みたいだ。仕方ない。

「わっ、結構深いねぇ……お腹ヒヤヒヤする」
「まあまあ波もあるね。早めに戻った方がいいかも」

 確かに、波を受けるとその勢いに押されて、少しよろけそうになる。それでも何とかなるのは、倫太郎が自分の肩に、手を掛けさせてくれたからだ。
 その倫太郎は、先程からビクともしない。波だけじゃなくて、私からの力もしっかり掛かっているはずなのに。昔からバランスをとるのはすごく上手だったけど、さらに磨きがかかっている。

「それで、こんな所に来てまで、何に悩んでるの?」
「……えっ」
「あんなに来たがってた癖に、浮かない顔してるよ」
「そんな事……って言っても、倫太郎には分かっちゃうよね」

 指摘された時はびっくりしたけど、考えてみれば昔から倫太郎には隠し事ができなかった。涼しい顔をして、人の事をよく見てくれている。

 ーーだけど、倫太郎は私の気持ちに気付いてない。

「そういう事。諦めてさっさと教えて。何があったの?」
「……倫太郎の事、考えてたの。ずっと」
「ーー俺?」

 あるいは、気付いていて敢えて気付かないふりをしているのかもしれない。色んな可能性があるけど、今こんな事を口走ってしまっているのは、やっぱり。

「私ね、倫太郎の事がーー」

 頭で考えるより先、思い浮かんだ言葉がそのまま口から飛び出そうとした時。大きな音が、それを阻んだ。



「びしょびしょ……」
「本当。俺なんか、頭から被ったから髪がギシギシだよ」

 ちょうどあの時、大きめの波が来ていて、私たちに迫っていた。咄嗟に倫太郎が庇ってくれて、私はそこまで濡れなかったけど、倫太郎はずぶ濡れだ。
 慌てて浜に上がってきて、空いていたビーチパラソルの下に腰を下ろす。

「ごめん、盾みたいにしちゃって」
「俺が勝手にやっただけだよ。それより、はいこれ」

 差し出された倫太郎のシャツを、「ありがとう」とお礼を言って羽織る。有難いけど倫太郎の方が濡れてるのに、と思って横を見ると、次の瞬間には倫太郎はタオルを被っていた。濡れているから、むしろシャツじゃない方が良さそうだ。

「……」
「……」

 お互いの状態が落ち着いた所で、どうしてかいつも通りの空気に戻れなくて、沈黙が落ちる。きっと私も倫太郎も、頭にあるのは同じ出来事だ。

「…………さっきの事、だけど」
「……うん」
「俺の事、のあと、なんて言おうとしてたの?」
「えっと……」

 すぐには答えられなかった。あの時、自分の気持ちを言葉にしようとしたのは、その場の衝動以外の何物でもない。

 倫太郎の事が、好きで好きでしょうがなかったから。久しぶりに会ったらそれが溢れそうになった。それだけ。
 とてもじゃないけど、冷静になった今の私からなんて、伝えられそうもない。

「その、何でも……」
「何でもないはナシ」

 誤魔化そうとしたそれは、すぐに見破られてしまう。「ねぇ、名前」と手をとられた。

「言ってよ。たぶんそれ、俺が期待してるヤツだから」

 一瞬、息が止まりそうになった。

「!倫太郎も同じ、ってこと……?」
「名前がそうなら、そうなんじゃない?」

 私の方は、こんなに心臓がバクバクして落ち着かないのに、倫太郎はと言えば、口元に薄い笑みを浮かべているだけ。
 私の前でだってあんまり崩さないその余裕を、今はどうしても崩してみたくなる。

「すきだよ。だいすき」
「!」
「何回も考えるの。私も兵庫の高校行けばよかったとか、倫太郎が鬼モテしたらどうしようとか。倫太郎の事、応援してるのに、一人だけ先へ行っちゃうみたいで、寂しい……と、か」

 まだまだ言おうと思えば言えたけど、ぐいっと掴まれた手を引かれて、口を噤む。こつん、と額同士がぶつかった。
 視線を上げれば、すぐそこに倫太郎がいる。いつもだったら、私の方がこの距離に耐えきれなくなっているところだ。

「ちょっと、ストップ。さすがに……いきなり過ぎ」

 でも今日は、私の勝ち。倫太郎の顔は少し赤くなっている。
 照れたら距離を詰めるなんて、私からするとよく分からない話だけど、よく考えたら倫太郎はそうだったかもしれない。小さい時、近所のおばさん達に褒められて、倫太郎ママのお腹に顔を埋めて照れていた事を思い出した。

「だって。倫太郎が……ズルいから」
「ズルいのはそうだね、ごめん。でも、どうしても聞きたかったから、あの続き。……だけど、全部は言わせるつもりないし、これから先は遠慮なく伝えていくつもり」
「嘘だったら倫太郎の高校に乗り込んでやる」
「……それはそれで面白そうだけど、勘弁して。アイツらに気に入られて欲しくないし」

 本当は冗談半分、本音半分だったけど、倫太郎が降参ポーズしているのが何だかおかしくて、「冗談だよ」とそういう事にしておいた。倫太郎にはそれもバレてしまってるから、小さく笑い合う。

 今はもう、余計な悩みは気にならない。くっ付いていた額が離れて、さざ波の音の中、倫太郎の声が届く。

「俺、名前の事がずっと好きだよ。俺と……付き合ってくれる?」
「うん……!これからも、よろしくお願いします」

 ちょうど距離を取ったばかりなのに、嬉しくて、その気持ちに任せて目の前の倫太郎に抱き着いた。「おっ、と」と少し驚いていたみたいだけど、さすがは倫太郎。不意打ちなのに、しっかり抱き留めてくれた。

「一人で先に行ったりなんかしないよ。絶対離れたりしてあげない。寂しいって思ってたの、自分だけだって勘違いしてない?」
「……こんなの今まで全然言わなかったじゃん」
「遠慮しないって言ったからには、ね」

 いつの間にか、倫太郎の飄々とした笑みが戻って来ている。私が勝ち越すには、まだまだ掛かりそうだ。


 これは、私たちが一緒に、同じ歩幅で、一歩先に進んだひと夏の日のお話。





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