空で輝くものどもよ





 都のプリンス、なんて呼ばれていたのも今は昔の話。
 成宮鳴は、プリンスという生易しい表現では収まらないほどに強く、大きくなり、キングとして、高校野球のマウンドに君臨した。

 そんな彼も、プロに入ったすぐの頃は、流石に揉まれに揉まれた。信じられないほど、自分を追い込んでいた時期もあった。
 しかし、それをも乗り越えて、糧にして、今も活躍を続けている。



「……は?名前、何言ってんの?」
「わたし達、別れた方がいいって言ったの」



 鳴は、太陽みたいだと、高校の頃から常々思っていた。
 マウンドで放つ、その圧倒的な輝きは、味方を鼓舞し、敵を焼き尽くす。人は、その光を直視できない。太陽のそばでは、何人も形を保てないのだ。

 太陽の近くでいたいなら、同じ太陽でなければ。もしそうでないなら、待っているのは、きっと。



「俺がうんいいよって言うと思ってんの?」
「思ってないから、わかってもらおうとしてる」
「有り得ないから!わかる訳ないじゃん!!」



 リビングに、彼の声が響き渡った。
 流石はプロ野球選手。セキュリティや壁の厚さは折り紙付きで、近所から苦情が来ることは無い。

 話をするのに、この場所を選んでよかった。鳴が騒ぎ立てるのは目に見えていた事だし、わたしとしても、静かに頷かれてしまったら、勝手ながら悲しいと感じていただろうから。

 鳴は目にも止まらぬ早さでわたしとの距離を詰めると、まるで逃がさないとでも言うように、強く抱き締める。
 話半ばで逃げ出すはずがない。けれど、きっとそういう事ではないのだと、わたしにも分かった。



「誰かに何か言われた?それとも、前に出た記事のこと気にしてるとか」
「……鳴のこと、嫌いになったって言ったらどうする?」
「どうするもこうするも無いね。だって有り得ないし」



 その自信はどこから、と言いかけて辞めた。相手は鳴だ。そんな質問はなんの意味も無い。
 成宮鳴だから、その一言だけで足りてしまう。

 事実、わたしは鳴のことが好きなままだ。

 だからと言って、鳴の言うような理由でこんな事を言いだした訳では無いので、答えに迷う。
 鳴の事は基本的に昔からの知人以外には言ってないから、誰かに何かを言われることはほぼ無い。それに、記事だって、見る人が見れば鳴の意思がでは無いとわかるものだった。気にしなかったと言えば嘘になるが、それはあくまで一時的な悩みに過ぎない。
 この話は、きっと鳴の隣を歩く限り、生涯付き纏うものだ。

 いつものように急かすことなく、わたしの答えを待ってくれる鳴に、どうしようもなく惹かれながらも、わたしは言葉を選んだ。



「鳴には、わたしは釣り合わないって思ったの。今まではあんまり意識してなかったのに、急に遠い人に感じた。……鳴の事は好きだけど、でも、だからこそ、今のうちに身を引くべきだって……それが、理由」
「…………」



 今、抱きしめられていて本当に良かったと思う。わたしの顔は、酷く歪んで、とても人様に見せられるようなものでは無い。
 自分から言い出しておいて情けない話だが、わたしもまだ、鳴から離れる心の準備が出来ていないらしい。

 さっきみたいに、また騒ぐかもしれない。耳元で大声をあげられるかも、と身構えるも、鳴は何も言わなかった。わたしもそれ以上言うことも無いため、自然と沈黙が訪れる。

 ふと、鳴がゆっくりとわたしから身体を離した。
 もう、わたしの言うことに納得してしまったのだろうか。それとも、面倒くさい女だと呆れた?



「!……鳴、」



 しかし、そんな自分の考えが誤りであるとすぐに気が付いた。
 わたしを見つめる鳴は、すぐにでも泣き出しそうな顔をしていたから。それから、小さくわたしの名前を呼んだ。その声は、いつになく弱々しかった。



「昔、俺は太陽みたいだって、名前が言ったんだよ。覚えてる?」
「……うん」
「それだけじゃない。俺は月でもあるんだって」
「……あっ」



 成宮鳴は太陽であり、月のようでもある。と、確かに私はそう言った。
 言ったのは多分、ほんの数回だけ。それも、高校生の頃の話だ。王様に似合いの欲張りな評価だな、とカルロス辺りには言われた気がする。
 わたしが今の今まで忘れていたそれを、鳴はずっと覚えていたとでも言うのだろうか。

 惹かれるのは、熱を宿した輝きだけじゃない。相手を威圧する温度のない、冷たい視線とオーラ。バッターを沈黙させるピッチング。それはまるで、月の光のようだと感じた。
 それから__



「俺自身の輝きが凄いのは当たり前だけど、それだけじゃやってけない。月みたく、後ろにいる奴らの輝きを反射する事で、もっと輝ける……言われた時は、長いしクサいし、分かった風なこと言うなって、すっげぇムカついたけど」
「……」
「俺には、お前が必要だって思った。一緒にいるのに、それ以上の理由、ある?」



 理由、理由。
 問われてすぐに探すけれど、適切な答えは見つからない。見つかるはずがない。今の鳴の言葉で、ほとんど憂いが吹き飛ばされてしまったのだから。鳴は鳴で、一瞬見せた弱々しげな表情はどこへやら。確固たる意志を宿した青い瞳を輝かせて、わたしを見据える。

 そうだ。成宮鳴は、とんだワガママ王子だった。大人になって、そういう部分を見る機会が少なくなっていただけで。



「何それ、ずるい……こっちは結構真剣に考えたのに……」
「ずるくない。大体、遠いとか釣り合わないとか知らないし!そっちが勝手にそう思ってるだけじゃん!俺の活躍は、名前の輝きのお陰でもあるんだからさ、もっと堂々としてなよ」
「……クサいんじゃなかったの?」
「聞こえなーい」



 今の鳴の輝きに、少しでもわたしが力になれている。それを鳴の口から聞けた。その事実は、わたしの胸の奥の暗い部分を、明るく照らしてくれる。暖かい光に包まれて、ぽかぽかと心地いい。



「ありがとう、鳴。それと、別れるなんて言ってごめん」
「ほんと、こんなの、これっきりにしてよね」



 ぷんすか怒っていた鳴が、さっきとは違う、緩やかな動作で再びわたしを引き寄せる。そのまま、両の手で頬を包まれた。
 マメが出来ては潰れ、また新しいマメが出来る。爪が割れてしまった事もある。今まで幾度もボールを投げて、打って、取ってきた固い掌の感触。それがわたしに触れているこの瞬間が、わたしは大好きだった。



「名前が俺の隣からいなくなるなんて、考えられない。考えたくもない」
「……うん」
「俺はお前の事、愛してるから」
「……わたしも、愛してる」
「はは、こんなに物欲しそうな顔してるくせに、よくあんな事言えたもんだね」
「もう、言わないで……ごめんってば……」



 掠れた声で囁かれた言葉に、蕩けるような感覚に陥っていると、すかさずそれを見抜かれてしまう。物欲しそうな顔、だとか、鳴には一体どんな風に見えていたんだろう。羞恥に耐えきれず、思わず顔を手で覆おうとするも、「もー、別に責めてないって」とやんわり制止されてしまった。
 縮こまったわたしを見て、鳴はからからと笑った。



「責めてはないけど、俺を振り回したからね。お仕置き」
「!……バカ、鳴のバカ!」
「はいはい、じゃ、ベッド行こうか?」
「……うん」



 本当は分かっている。バカはわたしの方だ。鳴の事になるとこんなにチョロくて、鳴の事ばかり考えて、鳴の事が大好きなのに、一瞬でも離れても大丈夫だと思っていたなんて。

 わたしだって、鳴の隣にいたい。願わくば、ずっと。
 さっきは言えなかったから。代わりに今から、思う存分伝えようと思う。

 月と太陽が、交代してしまう前に。



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