赤ずきんと狼少年


「何をしてるんですか、あなたは」
「何、と言われましても……」



 今日は、文化祭だ。今年のテーマは“ファンタジー”。それ以外に縛りはなく、和風だろうが洋風だろうが、テイストは何でも構わないし、店の種類も決められていない。

 私のクラスは、王道だけど人の入りやすい喫茶店だ。もちろんただの喫茶店ではなく、ファンタジーに準えて、色んなコスプレをしてお客さんを出迎えることになっている。

 とはいえ、考えることは皆同じ。コスプレ喫茶をやっているクラスは他にも幾つかあり、お陰で思ったより客足が伸びていないのだ。

 このままでは、優勝を狙うことは難しい。そこで客引きとして、私はコスプレーー赤ずきんの衣装で校内を歩いていたのだけれど。



「客引き、なんだけど……」
「それは見れば分かります。そんな格好で、一人で彷徨いて、さっきみたいな事になったらどうするつもりだったのかって聞いてるんです」
「えっ、と……」



 奥村くんの、氷点下より冷たい視線が私に突き刺さる。右手にはさっき買ったりんご飴、左手には手持ち看板。それぞれ緊張で手汗が滲んだ。

 さっきみたいな事、というのは、所謂ナンパというヤツだった。喫茶店に来てくれるのだと思って喜んで対応していたのだけど、雲行きが怪しくなってきてどう躱そうか思案していたところ、奥村くんと遭遇。彼がひと睨みすると、男の子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 確かに、私ひとりで彼らをあしらえていたかどうか、微妙なところだ。完全に助けられてしまった形になり、先輩として立つ瀬がない。



「その、奥村くん、迷惑掛けてごめんね……」
「…………」
「奥村くん?」
「俺は別に、迷惑だなんて思ってません。困っている様子でしたし、あれくらいは普通です」
「そうだったの?」



 じゃあどうして?という疑問が顔に出ていたのだろう。奥村くんはすぐに口を開いた。



「苗字先輩は、もっと危機感を持った方が良いです。そうやって隙だらけだから、あんな奴らに絡まれるんですよ」



 それが奥村くんの不機嫌さとどう繋がるのだろう、と考えたのは一瞬で、もしや、とひとつの可能性が頭を過ぎる。まさかそんな、という気持ちがある一方で、どこか納得している自分もいる。

 違ったら恥ずかしいんだけど、と前置きした上で本人に尋ねることにした。



「私の事、心配してくれてる……?」
「……ええ、そうですね」
「えっ」



 てっきり、自惚れるのも大概にして下さい、などと言われると思っていたのに、存外あっさりと肯定されてしまった。



「その衣装、よく出来ていて、お似合いだと思います。だから、余計に」
「えっ!?ええっ!?」



 しかもあろう事か、追い打ちをかけるように褒められて、混乱する。

 奥村くんが、こんな風に誰かを褒めるなんてあまり見た事がない。いや、グラウンド上ではピッチャーの心理状態に寄り添い、適切な声掛けが出来る、とても優秀な選手だという事は勿論知っているけれど。先輩だろうが何だろうが、容赦ない物言いをするいつものーーというか先程までの様子からは想像もつかない言葉だった。

 彼がお世辞でこんな事を言うとは思えないし、だとしたら今のはーーと、そこまで考えて体が沸騰したように熱くなった。
 脳内で色んなことが駆け巡り、赤くなったり目を白黒させたりしている私に、奥村くんは少し頬を緩める。とにかく、と強制的に私の意識を引き戻すように、右手を掴んだ。



「これからはもっと、色んな事に警戒心を持って下さい。でないとーー」



 そのままその手が引き寄せられて。



「ーー喰われますよ、狼に」



 がぶり、と。
 赤くて丸い果実は、その形を歪にした。



「なっ、おっ……!?!?」
「さあ、行きましょう」



 奥村くんが唖然とする私の左手から看板を奪い、そのまま手を引いて歩き出す。今なおパニックに陥っている私は、されるがままだ。



「苗字先輩のクラスの喫茶店に行くんですよ。客を捕まえたなら、もう客引きの必要はないでしょう」



 どこに向かっているのか。どうしてこんな事になったのか。
 私は一切口に出していないのに、奥村くんは前を向いたまま、答えてくれた。



「それと、待つのはもう辞めました。これからは遠慮しませんから、そのつもりで」
「待って流石にキャパオーバー……」



 奥村くんが褒めてくれたのも、こんなに口数が多いのも、初めての事で、驚きと恥ずかしさと、嬉しさと。何だか色んな感情が混ざってしまって、この気持ちが何なのか、すぐには答えが出せそうにないけれど。

 前をずんずんと歩く奥村くんの、綺麗で細やかな金髪から赤い耳が覗くのを目にした時。胸の奥がじんわりと暖かくなったのを、確かに感じたから。


 奥村くんは、これからは注意しろと、でないと狼に喰われてしまうと言うけれど。
 私は多分、もう狼から逃れられなくなっている。



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