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 ウチの高校では、初夏に体育祭、秋に文化祭という年間スケジュールになっており、その日付が近付くと、午後の授業はその準備に充てられる。
 新学期が始まって割と間もないため、その準備期間だけでは到底間に合わない。故に、有志が集って夏休みの間から下準備を始めるクラスが殆どだった。ちなみに、三年生は受験勉強を優先させて、文化祭には参加しない。日付も三年生が模試で学校にいないタイミングで行われる。

 私たち野球部に所属してる面々は、当然の事ながら夏休みも毎日練習や試合が詰め込まれているので、そちらには参加出来ていない。当日だって、もし秋の大会の重要な試合があれば、そちらを優先することになる。
 けれど、この時期は秋の一次予選しか行われないし、その日程も文化祭とは被ってはいないから、気兼ねなく参加できそうだ。

 下準備や、放課後の準備には参加出来ない分、時間内では張り切って協力したい。
 そんな意気込みを持って、教室の片隅でクラスの出し物で使う大道具を作っている時の事だった。

「あー私もこの劇みたいにイケメンと恋したいぃー」
「いや、これ元が少女漫画だし。こんな上手くいかないでしょ」
「そうそ!俺らもこのスペック求められても困るわ」

 どれだけやる気を出して作業していても、何時間も黙々と続けるのは仙人でもない限り難しい。最初は黙って作業していた皆も、手は止めていないものの、少し雑談モードに入ったようだ。

 元々、クラスでは御幸と倉持くらいしかちゃんと友達と呼べるような人がいない私にとって、そう都合よく話せる相手が現れる訳もない。けれど、そういう普段関わりのない人達とも自然と馴染める雰囲気というものを、文化祭は生み出してくれる。会話に参加している訳では無いけど、頷いたり相槌を打ったりして、一応その輪に入ってはいるつもりだ。
 彼らにとってもそれは似たような感覚なのか、ひとしきり自分たちの恋愛話をした後、「高村さんは?彼氏とか、好きな人とかいないの?」と、私にも話を振ってきた。

 当然、私にそんな存在はいない。即座に否定しようと口を開いたところで、何故か横にいた男子が先に答えた。

「高村はアレだろ?野球部の先輩!なんてったっけなぁ名前……」
「え」

「そうなの!?ちょっと、早く名前思い出して!」
「特徴は?どんな人?」
「えーと、結構目立つ人だよ。髪もピンクでさー」
「な」

 それは、その特徴を持つ人は。野球部には一人しかいない。
 校内でかなり有名な存在の野球部。日々自分を追い込み頑張っている彼らに惹かれるのか、特に女子からの知名度は抜群だ。話を聞いたクラスメイトも、すぐに誰のことか思い当たったようだ。

 これは、かなり不味い気がする。

「それ、小湊先輩のことでしょ!」
「あー!そうそう、そんな名前だった!」
「あの……」

「大体、どうしてアンタがそんなビックニュース知ってんの?」
「この間、教室で残ってたらその人が高村に会いに来てんの見たんだよ。なんかただらぬ雰囲気だった!」
「いや、それは……」

「ええー!」
「羨ましい!」
「あの!違うの!違うから!!」

 案の定、人の話を聞かずに盛り上がりを見せる女子二人。問われるがまま答えてしまう男子に、恨みがましい気持ちが起こるも、何とかその勢いを一旦止めることに成功した。

「全然、違うの!小湊先輩は、そんなんじゃないから」
「えー、ほんとにー?」
「ただならぬ雰囲気はー?」
「それは!ちょっと深刻な相談っていうか……そんな感じだから、ほんとに違うから!」

 語彙力が消し飛んだように、違うと連呼することしか出来ないけれど、これは私にとってはかなり重要な事だった。あの人と噂になる、なんて事は私が最も恐れていた事態なのだ。

 確かに、彼が言うような出来事はあった。あれ以来、小湊先輩はたまに声をかけてくれるようになった。ただその存在を見ているだけでいいと思っていた頃からすると、とんでもない進歩なのかもしれないけど、アレはまさに怪我の功名みたいなものだ。
 あそこから何かが始まる、なんて自惚れるほど私は夢見がちではないし、そのつもりも無い。

 残念などと言いながら、少し騒いで気が紛れたのか、皆作業に集中し始める。

(……今の、御幸に聞かれてないよね?)

 無意識にそんな事を考えてしまった自分に気付き、首を傾げる。
 それでも勝手に御幸を探してしまい、少し離れた場所で別のセットを作っているのを発見すると、ほっと息をついた。

 小湊先輩との出来事について、御幸は関係ないはずなのに、どうして急にこんな思考になってしまったのか。よく分からない。
 初めて御幸と会話したその時に、小湊先輩への憧れを指摘されたから、かもしれない。あの時と少しだけ状況は似ているし、思い返してしまったのかも。

 思考の渦に呑まれながらも、手だけはちゃんと動かしていたためか、いつの間にか私の担当していた部分は完成していた。
 組み立てが出来たら次は塗装。ちょうど、御幸たちが担当している所だ。

「御幸、これもお願い」
「おー……そこ置いといてくれ」
「分かった」

 他にも塗装作業中の子はいたけど、御幸を含めて皆黙々と手を動かしていたため、気心の知れた御幸に声を掛ける。
 御幸は一瞬こちらを見上げるも、即座に手元に視線を戻した。その表情は険しく、どうやら苦戦しているようだった。
 御幸だって完璧超人では無いからこういう事もあるだろうけど、それにしたって珍しいのだから、用を果たした後もついまじまじと眺めてしまう。

 そのうち、「オーイ、高村サン?」と困ったような呆れたような声が聞こえて、我に返った。

「俺の顔、なんか付いてる?」
「え!いや、別に……メガネ以外は何も!ごめん、気が散るだろうし、すぐ戻るから」
「……あー、ちょっと待った。俺さ、今両手塞がってて、しかもどっちも手が離せねぇんだよな」

 わざわざ絵筆と塗装中のダンボールを掲げて見せなくても、それは分かる。なんの為に呼び止められたのか分からなくて、「そう、だろうね……?」と曖昧な相槌を打ってしまった。

「で、ズレてきたメガネを直すのも一苦労ってワケ」
「……つまり、私がメガネを押し上げればいいの?」
「そ。理解が早くて助かるぜ」
「別にいいけど……加減分からないから、変な事になっても知らないからね」
「じゃ、頼むわ」

 何故こんな回りくどい頼み方をして来たのかは謎だけど、断る理由も無いので素直に御幸の横に屈んだ。

「ん」
「……」

 目を瞑ってこちらを向いた御幸のメガネは、確かに少しズレていた。外から見る分には気にならない程度だけど、掛けている本人からすると許容できるものではないのだろう。

 そんな事よりも、私はこの状況が落ち着かなくて仕方がなかった。ちょっと手伸ばすだけなのに、他のことばかり気になってしまう。
 日に焼けているだろうに、あまり傷んでいなさそうな肌とか、私なんかより長いんじゃないかとすら思えるレンズ越しに見える睫毛とか。
 そういえば、御幸は美形なんだった、と今更ながらに思った。一学期に一悶着あった時に唯や幸子に聞いたのだが、女子からは密かに人気があるらしい。例の件以降、表立って騒ぐのは御幸的にNGだと判断されたのか、目立った出来事は起きていないけど、もしかしたら私の預かり知らぬところで告白なんかをされているのかもしれない。

「高村ー、まさかとは思うけどこのタイミングで暴走タイム入ってねぇよな?」
「はっ、入ってない入ってない!はい!」

 訝しむような御幸の声に、ふっと我に返ると、私は慌てて指先をメガネに押し当てた。勢いを付け過ぎたのか、「うお」と御幸が少し仰け反った。
 いくら暴走タイムの認識があるとはいえ、こんな事を考えていたと御幸に知られる訳にはいかない。

「じゃ、じゃあ私もう戻るから!」
「おう、ありがとな」

 慌ててその場を離れた私を見て、御幸が悪戯っぽい笑みを浮かべていたのだけど、それを私が知ることは無かった。






「何やってんだテメェは」
「あ、見てた?」
「見てたじゃねぇよ、見せてんだろうが。吹っ切れたら吹っ切れたで、陰湿な攻め方しやがって」
「はは、ひでぇ言い草」
「事実だろうが」
「……別に今すぐどうこうしようってんじゃ、ねぇんだぜ?」
「…………そうかよ」


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