※病人ヒロト×死にたがり緑川
※自殺要素注意













ここにいる




怪我をした友達の見舞いに来ていたはずなのに、いつの間にか目的が別のものになってしまっていた。


今日も見舞いを済ませた後、先に帰ってて、と一緒に来た友達に告げて、別の病室へ向かう。「基山ヒロト」と素っ気なく書かれたプレートを確認し、その個室へと入った。
中にいたのは、赤い髪をした肌の白い少年。歳は、俺より1つ上らしい。
「あ」と俺を見て声に出した後、すぐににっこりと笑う。つられて俺も笑顔になる。

「調子はどう?ヒロト」
「まあまあかな」


ヒロトとは病院の中で出会った。屋上から落ちそうだった俺を、助けてくれた。

「緑川は元気そうで何より」
「へへ、いいだろ」

ヒロトの近くにある椅子に座り、話を続ける。ヒロトとの会話は好きだ。俺に兄ちゃんができたみたいで、なんだかくすぐったい。ヒロトも俺を弟のように思っているみたいで、嬉しい。

ずっとずっと、こんな関係が続くと思っていた、けど。

「やっぱり永くないんでしょう?」
「…そうね。いつ発作が起こるかわからないもの」

ナースステーションで聞いた看護師さんの会話。多分、ヒロトのことだ。前にヒロトから聞いたことがある。

『俺ね、ここが弱いんだって』

ここ、と言いながら自分の心臓のあたりをつついたヒロトの表情は、いつもと何ら変わらなかった。

ヒロトがあまり生きられないことはわかってた。それをわかってて、病室に通い続けた。ヒロトと話をしたくて。自分が少しでも救われそうな気がして。

それしか考えていなかったら、足は勝手に屋上へ向かっていた。手すりに手を掛けると、柔らかな風が俺の首筋を通り抜ける。

ここから飛び下りたら楽になれる?
ヒロトとずっと一緒にいられる?

もう、苦しい思いなんてしなくても、済む?

手すりの向こう側に立った、その時。

「何してるんだ!?」

おそるおそる振り返ってみれば、そこにいたのはヒロト。車椅子に乗った彼は、はあはあ、と息を切らしている。

「あ…」
「俺、前にも言ったよね?もう二度とこんなことしないようにって。したくなったら俺に言うようにって」

ヒロトが怒ってる。
こんなところ初めて見た。

初めて会った時でさえ、怒らなかったのに。



『君、死にたいの?』

初めてヒロトに会ったとき、初めて聞いたヒロトの声がそれだった。

俺はこういうことの常習犯で、学校でも家でもやってはやっては失敗していた。
辛くて辛くて。学校も、家も、どこに行っても辛くて。俺が助かるにはこれしか道がないと思っていた。
見舞い先の病院でもやらかそうとしていたとき、ヒロトに出会ったのだ。

『若いうちに死ぬのはいい、ってどこかの本に書いてあったの見たよ』

あの時もヒロトはやっぱり車椅子に乗っていて、飛び下りようとしていた俺に、なんのためらいもなく近づいた。

『でもさ、人生の楽しいところはまだまだこれからなんだよ?それを楽しまずして死んでどうするのさ』

そして俺にその細い手を伸ばして、

『戻っておいでよ。どこにも行けないならここにいればいいから』

そしてヒロトと約束した。二度とこんなことはしないこと。もししたくなったら、ちゃんとヒロトに言うこと。自分1人で片付けようとしないこと。
それからしばらくは、こんなことは起こらなかった。

でも、起こってしまった。ヒロトがいなくなるということを考えるだけで、辛くなった。ヒロトがいない世界なんて、考えられなくなっていた。
気がついたら、手すりの向こう側からはいなくなっていて、俺はヒロトに抱きしめられていた。力が抜けて、しゃがみこんだ俺を、細い腕で抱きしめていた。

「辛くてたまらないんなら、無理して笑う必要ないじゃないか。来る度に笑っていないのは、寂しいけど」

ただ涙を流して泣き続ける俺の頭を撫でながら、ヒロトは続ける。心配かけるだけだよ、って。

「それにお前は、俺に無いものを持っているだろう?」

へ?と思い顔を上げると、いつも通りのヒロトがいた。

「その元気な身体を、持ってるじゃないか。いつ死ぬかわからない俺よりも、元気な身体」

さらにぎゅうっと抱きしめられる。なんだか、声が震えている。

「ヒロト、泣いてるの?」

聞いてみたら身体を離された。そこで見たのは、初めて見るヒロトの泣いた顔。

「許さないからね」
「え?」
「俺よりも先に死んだら、許さないからね。俺の死んだ歳の倍は生きないと、絶対許してやらないんだから」

震えた声であってもその説得力は変わることはなく、俺の何かに響いてくる。
心は本当は頭の中にあるって学校の保健体育の先生は言っていたけど、ちゃんと胸にあるんじゃないか、って思った。





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