留学、これすなわち海外へ勉強に行くということだ。ようやく戻り始めた俺の脳内では、このことばかりが反芻していた。

「え…留学って…」
「外国に行こうと思うんだ。海外の経済を勉強するために」
「でも、大学出てからでも」
「それじゃ遅い。間に合わないんだ」

引き止める言葉ばかりが浮かんでくる。日本の経済でもいいんじゃないかとか、外国へ行ってもすぐに帰ってくるのがオチじゃないか、とか。でもその言葉が浮かんでくるとともに俺が一番知っていることがある。それは、ヒロトは案外頑固だということだ。一度決めたら引かない。引くことがない。それがヒロトだった。

「…嘘つき」

巡り巡るはあの日々。

『ずっと一緒にいよう』

信じてたのに。バカみたいだけど、この言葉を信じていたのに。いつもみたいに、一緒にいられると思ってたのに。

「…ごめん」

欲しかった言葉は返ってこなかった。ねぇ言ってよ。「嘘だよ」って。笑って、「お前と一緒にいるよ」って。

「もう、決めたんだ。春から、海外に行く」
「いつから決めた?」
「夏から。姉さんにも、風介にも晴矢にも、もう伝えてある」
「…まさか、」
「お前が最後だ」

後ろから頭を殴られたようだった。最後、って言った?

「どうして最初に教えてくれなかったんだ?」

手が、足が。ぶるぶる震える。声がどんどん小さくなる。目の奥の方が熱くなってくる。落ち着け、耐えるんだ。そう言い聞かせ続ける。自分でもびっくりするくらい必死だった。

「…ごめん」

その一言で何かがプツリと音を立てて切れた。耳に入ったのはパァンという乾いた音。すでにはっきりしていた視界に入ったのは倒れているヒロトだった。

「何がごめんだバカ野郎!もういい、外国でもどこにでも行っちまえ!」

ドアをバタンと大きな音がするまで思いっきり閉め、部屋へと走って戻った。
ヒロトは、追っては来なかった。







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