結局はいつも通り 名前。 苗字じゃなくて名前。子供が両親からもらう最初のプレゼントって聞く。だから、お前にも呼んでもらいたい。と、思った。 「なー」 「なんだい、緑川」 「なんで俺のこと名前で呼ばないんだよー」 ヒロトの後ろから彼の首に腕を絡めて、まるで子供みたいに甘えた口調で言えば、ヒロトは微笑む。 「俺はヒロトのこといつも名前で呼ぶのにさ」 「呼んでほしいの?」 「そりゃ、まぁ…」 「どうして?」 「だって、俺たち、その…」 恋人だから、とはっきり言えずにもごもごしていると、ヒロトはきっぱりと言ってくれた。 「付き合ってるから?」 「おい、言うなよ!」 「何?恥ずかしいの?」 頬が熱い。無意識に頬を染めたであろう俺の目の中に入ってきたのは、ヒロトのニヤニヤとした顔。その顔はものすごくムカつくけど、やっぱり彼が好きなことに変わりはない。なんだかんだ言ってベタ惚れな自分がたまに嫌になる。 「ねぇ、緑川」 「…なんだよ」 「名前、呼んであげようか」 珍しく素直に従ってくれるヒロト。 …ちょっと待て。 俺は知っている。ヒロトが素直なときは絶対裏がある。 「…やっぱりやめとく」 「どうして?」 「絶対何かしてくるだろ、お前」 あ、バレた?というような表情でその視線は俺を刺す。それも、とびきりの笑顔。 「で、どうしてそっちを向くのさ」 こういうときはどうなるかわからない。とりあえずヒロトの顔を見ないようにして、できるだけ小さくなって部屋の隅で体育座り。 「拗ねないでよ。…リュウジ」 急に呼ばれた自分の名前。俺の好きなヒロトの声が、俺の名前を紡ぐ。別に拗ねているわけではない。でも耳に心地よい音。それも耳元。 いつのまに近くに来たのかと思って振り向こうとすれば、後ろから抱きしめられて邪魔される。クスクス、という笑い声すら聞こえて、からかわれてる気がしてならない。 「もういいんだって、ヒロト」 「呼んでくれって言ったのは君だろ?リュウジ」 正直、知らなかった。好きな人に名前を呼ばれるだけでこんなになるなんて。体が熱くて、変になりそう。ヒロトの体温も重なって、もっと熱い。 「〜っ、呼ぶなって言っただろ!」 ちょっと強い口調で言っても効かないことはわかってる。いつも丸め込まれて、ヒロトの思い通りになる。 「…へぇ、君そこまで嫌だったのか」 「…へ?」 「俺に名前呼ばれるの」 「い、嫌なわけ…」 「自分で呼んで欲しいって言ったくせに?」 口でヒロトに勝てる自信はこれっぽっちもない。その証拠に、俺の言葉は全てヒロトによって掻き消される。 ヒロトの声が近いせいだろうか、熱い。主に顔。正面から抱きしめられているわけじゃないから顔を見られることはないだろうけど、見られるのは嫌。 「緑川、こっち向いて」 「嫌」 あれ?元に戻ってる。でもそれで警戒を解くわけにはいかないと思い、断った瞬間、俺の体からヒロトが離れて、そっと俺の顔を上から包む。ぐいっと上を向かされて、見えたのはヒロトの喉仏。唇には柔らかい感触。 唇が離れて、ポカンとヒロトを見れば、やっぱり笑っていて。 「緑川、かわいい」 顔が赤いまま呆然としていれば、それでもう一度キスされて。 結局、してやられた。 |