一粒だけ




「緑川、チョコちょうだい」

そう言われてのしかかられる。冬だから温かくていいけど、夏だったらひっぺがしてるところだ。
そんな俺の心境を知らないヒロトは、機嫌がよさそうで、今にも鼻歌が聞こえてきそうだった。

「ねぇヒロト」
「何?」
「俺、男」

バレンタインは女の子が男にチョコをあげる日だろ?と聞き返せば、そんなことはどうでもいい、と返された。

「男とか女とかじゃなくて、俺は緑川からのチョコが欲しいの」

そう言われて首筋に頬擦り。なんだこれ、猫みたい。
全くと言っていいほど離れる気配のないヒロトをどうにかしようと思っても、チョコくれるまで離れない、と宣言。

「いいかげんにしろっ…よ!?」

ごろん、と身体が倒れる。というよりは倒された。俺の身体には相変わらずヒロトがくっついている。脚を使ってまでがっちりとホールドされる俺の身体。でも抱きしめられている、ということに変わりはなくて、やっぱり身体が熱くなってしまう。
後ろからはヒロトの匂いがして、ちょっとだけ頭がくらくら。ひんやりとしたヒロトの頬が直に首筋に当たっているから、やっぱりドキドキ。
好きな人にこんなことされるだけで、こんな風になる自分。女の子みたい、とか思ったけど、まぁ仕方ない。

「ヒロト、そろそろ離れて」
「やだ」

ぎゅうっ、とより力を込めて抱きしめられる。こいつ、本当に俺がチョコ渡すまで離れないつもりなのか。

やられてばっかりは嫌だったから、身体を反転、ヒロトと正面から抱き合う形にした。流石のヒロトもこれには驚いたらしく、一瞬だけ力が緩む。俺の方からも抱きしめてやると、俺の肩にヒロトの額が当たった。

…これで、チョコのことは忘れてくれるといいんだけど。

甘い雰囲気とは裏腹に、そんな残念なことを考えていた俺。

だけど、次の瞬間。
ヒロトの手が俺の両腕を押さえている。床に寝かされているのは俺であって、ヒロトは床から離れていて。
あれ、この体勢ってもしかして。

「かわいいことしてくれるね。我慢できなくなったらどうするの」

ん?と向けられる笑顔が怖い。ヤバい、チョコじゃなくて俺が喰われる。

その時、俺は見つけた。
自分の腕1つ分くらい向こうにあるチョコレートの袋。取りたいけれど、ヒロトが両腕を拘束しているから取れない。

「ヒロト、片方だけ離して。痛い」

痛い、という言葉が効いたのか、ごめんね、というセリフとともに離れていくヒロトの手。
そして離れた瞬間。片方だけだったから難しかったけど、なんとか袋から1つだけチョコレートを取り出し、銀紙を口も使って取り、ヒロトの口に放り込んだ。

「それでいいだろ、バレンタイン!」

もぐもぐ、とその一粒だけのチョコを堪能したヒロトは、最後には再び俺を押さえつけるのだった。





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