どうかどうか、幸せの確信を | ナノ
世界は闇に飲まれるばかりだと思っていたのに、目の前に現れたのは、燃えるような赤毛だった。
「ちょっと左之さん、助けてどうすんだよ。今のアレ見ちまったんだろ?殺さなくていいのかよ」
「女こどもを簡単に殺したりしねぇよ。おい、嬢ちゃん、怪我してねぇか?」
「………」
赤毛の男の後ろから、同じ浅葱色の羽織を纏った若い男の子が声をかけた。今の会話から察するに、やはり私は殺されるべきらしい。それを、この男は助けたのだ。
私の命を、救った。
「…どうして」
「あ?」
「どうして殺してくれなかったの?どうして私を助けたの!?」
涸れたと思っていた涙が堰を切ったように溢れ出した。涙で目の前の男が霞んで見える。握り締めた両手は白くなり、爪が食い込んで血が滲んだ。それでも涙は止まらない。若い男は焦ったようにオロオロし始めた。私を泣き止ませたいらしい。
「おい、お前…」
「どうして私を助けたりしたの!?このまま死んで、お母さんに会わせてよ…っ」
それまでずっと黙っていた赤毛の男が、私の手を掴んで自身へと引き寄せた。男の腕に包まれて視界は闇に染まる。けれどそれは、とても暖かくて心地よい、死とはまったく別のものだった。
「何があったかは知らねぇが…、辛かったな。今までよく頑張った」
ゆっくりと髪を梳くように頭を撫でる手が優しくて、また涙が溢れた。微かに聴こえる男の心音が、まだ生きていると実感させてくれる。
本当はまだ死にたくない。誰かに頑張ったね、そう言ってもらいたかった。お疲れさま、って。その男は私が落ち着くまで、ずっと頭を撫でてくれた。
「落ち着いたか。お前、名前は?」
「高倉…みなと、です」
「みなと、生きてるのはお前だけか?」
「はい。…みんな死んじゃった」
「左之さん、このみなとって子、殺さねえならどうすんの?このまま放っとくわけにはいかねえんだろ?」
「一応屯所に連れてく。処遇はそこで決まるだろうさ」
立てるか?そう言って私に差し出されたのは、大きくて暖かくて優しい掌だった。
絶望すら日常になり得る。人は言うより頑丈だ。
(涙を拭ってくれたのはただひとり)(私から全てを奪った赤を具したあの人)
20101201
title:酸素