8

堕ちた光、至高の闇



 リーファは、衝動を理性で封じ込めることができるぐらいまで、回復していた。だから、目の前の状況に、驚く余裕があったし、幸い、冷静にそれを把握することもできた。
 それだけ、衝撃も大きい。
 リーファでなくても、目の前に着物が肌蹴て露になった男の肩が見えれば、驚くだろう。リーファは、すぐ隣で寝入っている黒い塊に、ひやりと冷たい汗が流れるのを感じた。
 幸い、何事も無く、男は爆睡、自分もそのままであるわけだが。
「私って、気を失ったら、どうしてこうなるんだろう」
 リーファは、シュウを起こさないように、ゆっくりと体を起こしながら、そう呟く。
 しかし、牢獄の時もそうだったが、何だかんだで、シュウは絶対にリーファに手を出さない。まず、嫌がることをしない。シュウは、色々とやらかしてくれるが、人の嫌がることはあまりしない人間なのだ。というよりも、人の嫌がることをしたがらない。やっていることが派手なので、気付き難いが、性格の悪い人間ではない。 その性格を知っているからこそ、首を絞められたことを思い出すのは、辛かった。相当怒っていたのだろう、とリーファは思った。最初は、今まで、リーファの魂に翻弄されてきたことが怒りの原因だと思ったが、違うようだった。リーファは、そこまでは分かっていたが、理由は分からない。
「それにしても、寝てるとき、伏せているって、動物か……」
 体が斜め下を向いているのは、人間としてどうだろう、とリーファは思った。しかし、バルベロが、絶対に寝返りを打たずに、常に仰向けで眠っていたことを思い出し、納得する。因みに、リーファが、思い出せるということは、セフィリス・サラヴァンが、それを知っていたということだ。リーファは、詳しくは追究しないようにしつつ、寝息すら立てない男の方へ目をやった。
 バルベロ。それは、神の使いとして生まれながらも、煉獄に堕とされた高次霊(アイオーン)の名。バルベロという人間も、最後まで生命を輝かせていた。堕とされても、輝き続けていた。
 それが、セフィリス・サラヴァンにとって、どれだけ眩しかったか。人は、歴史に名を残した彼を、光と言うだろう。しかし、セフィリス・サラヴァンは、輝かない人だった。どこまでも深く、どこまでも高い闇だった。
「あの人も、可哀想な人だったんだよ」
 誰よりも、輝く光の幸せを願っていたのに、自らの手でそれを堕としてしまった哀しい闇を、リーファは非難することはできない。リーファは、セフィリス・サラヴァンという男が、何を見て、何を感じ、何を考えていたかを知っていた。だから、その愚かさも分かるが、シュウには悪いと思いながらも、嫌いにはなれなかった。
「バルベロは、何故、あんなに強いんだろうね」
 リーファは、そう言い残し、音無く部屋を出た。
 シュウを巻き込むわけにはいかない。これ以上、シュウが振り回される必要はない。これからは、神の矛先が、シュウに向くことは無いだろう。今まで、台無しにされてきた人生を、これからは、自由に生きて欲しい、とリーファは思っていた。



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