8
シャーナの理由
王宮の一室。その存在を、多くの者は知らない。
「ヴァルシア様、無理をなさらないで下さい」
テーブルに突っ伏している王太子は、顔を上げた。
「ハーザス、悪いね」
顔色は頗る悪い。声も弱弱しい。それを見たハーザスが表情を歪めるのも、当然の反応だった。
「ウェルティア様はご存知で?」
そう尋ねると、ヴァルシアは、苦しそうに笑う。
「まさか、言えるはずがない」
そう言って、青白い顔に笑みを浮かべたまま、小奇麗な花瓶に目をやった。
「あの人は、私よりもずっと苦労している。あの人はセフィリス・サラヴァンじゃない。私は信じている」
それは、その姿と対称的に、静かに力が篭った声だった。
「神のお告げです。間違っているなどということは……」
控えめで、諌めるようなハーザスの言葉が切れた。その異変に気付いたヴァルシアは、ハーザスの視線の先に目を向ける。
そして、その理由を知ることになる。
「空が……」
空が紅い。日が暮れているのか。否、そのような時間ではない。しかし、空は血に染まったような色をしていた。そして、そこに煌く何かが落ちていく。
「天使が、堕ちている。あれは熾天使か?」
美しい衣は、天使の最上位の物。下級天使ならば兎も角、熾天使が堕とされることなど、滅多に無い。
「不吉な予感がします」
ハーザスの言葉が、不安げに響いた。