覇王伝

外伝


 正義のために戦う聖騎士。彼らの目的は一つ。神に仇を為す者、つまり覇王セフィリス・サラヴァンを滅ぼすこと。
 戦場から城へ戻る覇王に、聖騎士の先鋭をかき集めて、賭けとも取れるような奇襲を仕掛けた。
 しかし、覇王は強かった。野原に横たわるのは、聖騎士の無残な屍。強烈な血の臭いの中で、足の踏み場もない。
 唯一の生き残りは、細身の女聖騎士だった。生き残りと言っても、無傷ではない。腕からは血が流れていたし、立ち上がることもできないようだった。しかし、ただ一人剣を握り、口元を歪めて笑っている男を映す瞳だけは、しっかりとしていた。
「殺せ」
 女聖騎士は、荒い息遣いの中、剣士から目を離さずに言った。白銀の鎧にはべっとりと血がついており、シルバーブロンドだったであろう髪も、赤黒くなっている。顔も青ざめているが、睨みつけるかのように男を見ていた。
「俺たちは同じ門を出た」
 若い男は、女聖騎士を嘲笑うかの如く、喉を鳴らして笑った。美しい顔立ちに、血でべったりと張り付いた黒髪が冴える。真紅のマントを揺らし、女聖騎士にゆらりと近づく。
「殺されるのならば、見知った者に……そう思ったんだろう」
 男は血の滴る剣を抜いた。一瞬、光が走った。女騎士は目を瞑る。
 しかし、女聖騎士は、男の笑い声を聞き続ける羽目になった。
「殺すはずないだろう。お前の言うことなんて、聞いてやる義理はないからな」
 剣は、いつの間にか腰に刺さっている。男は、女聖騎士の手を踏み、相変わらずの狂気染みた笑顔を浮かべていた。
「死にたい奴を殺すほど、俺は優しくないんだよ」
 男はしゃがみ込み、抵抗する力もない女聖騎士の腕を掴み、無理矢理立たせた。
「お前が一番よく分かってるんじゃないか?」
 シルバーブロンドと漆黒が混じる。女聖騎士は、顔を近づけられ、思わず目を逸らす。輝きのない男の瞳は、ただ笑っているだけだ。
「もし、お前らが言うように、地獄があるのならば、お前の行く先はそこだろうよ。いや、地獄にすら行けないかもな」
「その方が良い」
 女聖騎士は低い声で答えた。
「大丈夫だ。もし、輪廻があるのなら、お前がどこに逃げようと、俺が引き摺り戻してやる」
 男は、怪我をしている方の肩を掴み、苦痛で顔を歪める女聖騎士を見て、笑みを深める。
「お前のような奴は、来世でも苦しむだろうなぁ。楽しみだ」
 ただ、尊厳だけで、叫び声に耐える女聖騎士を無理矢理立たせたまま、容赦なく肩を捻り潰すように握る。そして、無言の叫びを、心から楽しんでいるかのように笑う。
「お前こそ、輪廻から外されるだろう」
 絞り出したような声に、応えるのは覇者の言葉。自ら王の冠を被り、世界を統べた王の中の王の言葉。
「バルベロ、お前は愚かだな。神様が俺をどうしてくれようと、俺は戻ってくる」
 覇王セフィリス・サラヴァンは笑い続ける。
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