6
白亜の宮殿
「ところで、何故、リーファは王宮に」
レナーサの問いに、リーファはゆっくりと息を吐いてから答えた。
「そうだね……神に文句を言ってやりに来たんだ」
神は存在する。この身分制度と王国を築き上げた神。
リーファは、袖に手をかけた。
「シャーナ……」
露になった腕に刻まれるは、Sの模様。
「不可触民シャーナ」
不浄のため、触られることも忌まれる民、シャーナ。
レナーサの声は、驚きを僅かに含みながらも、なお静けさを持っていた。
「リーファ、あなたが何を考えてるのかは、私には想像もできません。ですが、私は、安心しました」
レナーサは静かに微笑んだ。
「私は、憎悪か敬意の目でしか、見られたことがありませんでしたので、怖かったのです。あなたが、私に身分を明かした後、ころりと態度を変えてしまったら……そう思うと、恐ろしくて……」
ですが、安心しました、とレナーサは笑った。しかし、すぐに笑みをさっと引かせる。
「リーファ、あなたはどこに行ってしまうのですか?」
悲哀の含まれた声だった。神に楯突く。神に敵対する。この国では自殺行為だ。
リーファは、さあね、と笑った。
「私もシュウも、地べたを這いずり回って生きていくのが向いているんだよ」
ウェルティア王子。彼は、王子なんてガラじゃない。遊郭を巡る遊び人の方が「らしい」し、実際にそんな人間だ。そして、それができる人であるし、レナーサ以上に、そういうことに固執している。
「辛くないのですか?」
レナーサの質問に、リーファは何も答えなかった。その代わりに、笑った。シャーナの笑顔で。最下層の民が、最初に覚える、生きるために最も重要なこと。
それは、笑顔。
すると、レナーサも目を細めた。そして言った。
「もっと笑って下さい。あなたは、本当に綺麗に笑います」
「ありがとう」
正面から言われると照れくさい。リーファはそう思って、何か言おうとするが、悲しいことに、自分の貧弱な語彙力で、レナーサに返す言葉が無い。
「きっと、ウェルティア王子もそう思っていますよ」
悪戯っぽくレナーサが笑う。
「シュウに限って、あり得ん」
リーファはきっぱりと言い切った。シュウが形にならないものについて感想を言うとは思えない。そして、何より、リーファについてなど、以ての外だ。
「そうですかー?」
レナーサが口元を歪めて笑う。シュウとは比べるのが失礼なほど違うが、同じ類の笑顔である。
「何? その笑顔は……」
「まぁ、良いです。約束ですよ、リーファ」
レナーサの笑みは、僅かに勝ち誇ったような色を含んでいた。
その笑顔は何を意味していたのだろう。リーファは、真剣に悩みながら、部屋を出た。
リーファはまだ気付いていない。
リーファは確実に変わっていた。牢獄から出た時から、その変化は始まっていた。そして、王宮に入ってから、それは顕著になった。
リーファ・シャーナ・シュライゼ。無知なるシャーナにしては、異常な程、頭の冴える魔術師。