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行方不明の御妃様
丁度十年前、リーファはこの男に捕まった。罪名は覚えていないが、心当たりもなかった。ただ、今回のように、町でばったり出くわした直後に、捕まったのだ。
その所為で、青春を暗い牢獄で過ごさなくてはならなかったのだから、リーファも一言二言どころか、三言四言は、言いたいことがある。
「貴女に出てきて頂いては困るのです」
僅かな嘆息と共に、眼鏡の向こうの切れ目が細まる。
知的な雰囲気を漂わせる男に、リーファはさらりと言った。
「私も、君に牢獄にぶち込まれたせいで、相当困っているんだが」
無実の十年間は長い。
しかし、リーファのさり気なく怒りの篭った声をも、男はさらりとかわした。
「貴女は、死刑でしたね」
何か答えろよ、とリーファが思ったのは言うまでもない。この男は、会話ができない人間なのだろう。
人に嫌われるタイプだな、とリーファは素直に思った。
しかし、そんなことを考えていても、どうしようもない。こちらが合わせるしかないのだ。
「近付いて来る不審者は全て焼き払った」
年頃の女死刑囚。死刑にされることは、まずない。厭らしいことを考えながら近付いて来る看守を焼き払い、夜は自分の牢を闇魔法で覆った。勿論、死なない程度にではあるが。
男は鼻で笑った。そして、リーファに尋ねる。
「リーファ・シャーナ・シュライゼ。エレカという名に、覚えはないでしょうか」
リーファは目を細めた。
「聞いたことはある」
誰かは分からないが、それは、リーファにとって、初めて聞く単語ではなかった。
「そうですか……一生牢獄に繋がれるのと、ここで死ぬのと、どちらを選びますか」
男が剣を抜いた。リーファは、魔術を放つ準備をする。話の筋は見えないし、そんなことをされるようなことをした覚えもない。こいつの私怨だけで、牢屋に入るのも、死ぬのも御免である。
「エウリーナ・アルテミー(光明の輝き)」
光が爆発する。しかし、刃はリーファに迫っていた。斬られる、そう思った刹那のことだった。
リーファの前に、紅い何かが跳び入るようにして入ってくる。そして、直後、鋭い金属音が響き渡った。