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シャーナの魔術師が贈る


 シャーナの中には、反旗を翻す者もいた。皮の加工による異臭を放ちながら、自宅までの道を歩いていると、シャーナの男数人がヴィアナの子どもたちを囲っていた。私は幼いながら、シャーナの男たちが卑怯だと思った。
「お兄さん、やめなよ、みんな怖がってるから」
 怒りを覚えるのも理解できないわけではなかった。しかし、無力な子どもを怯えさせて、自分が優位であることを堪能することは見っともない。
「なぁ、おかしいと思わないのかよ?」
 本質をついた言葉に、首を横に振る。
「そういう問題じゃない」
 小さな子どもを大人の男で囲っているというところが間違っている。勿論、彼らの気持ちは理解できたが、だからこそ、弱い者を脅かすことはやってはいけないことだろう。
 自分まで睨まれ、怖いと思ったが、偶然助け船がやってきた。
「リーファ、今仕事が終わったのか」
 声のした方を振り返ると、カーリィ・シャーナ・シュライゼ、私の兄がいた。
「カーリィ、お前の妹か」
 私は男の一人を見た。兄と同じぐらいの年のようだった。
「悪ぃなぁ、リーファが迷惑かけたか?」
 兄は私の腕を強く引き、自分の斜め後ろに立たせた。強い力で握られているはずなのに、腕は不思議と痛くなかった。
「いや、そんなことはない」
 兄は、そうか、とだけ言って私の腕を掴んだまま立ち去ろうとした。私は、彼らと子どもたちのことが気になり、兄に引かれながらも振り返った。
 その時だった。
「シャーナの分際で、何をやっているんだ、この馬鹿者が」
 シャーナがシャーナであることを愚弄する。何て愚かなんだろう、と私は思った。流石の兄も足を止めた。
 カサンダ、と兄が叫び、騒ぎを聞きつけたのか、慌てて家から出てきた見知らぬおじいさんが叫ぶ。魔術の呪文など知らなかった私は、呪文なしに魔術を発動した。自分自身で出した魔術であったが、大きな爆発音と凄まじい光は予想外のもので、私は座り込みそうになった。
 しかし、それは音と光だけだった。中心にいた者たちは呆然としていたが、怪我はなかった。しかし、ヴィアナの女の子が一人だけ泣いていた。
「怪我したの? ごめんね」
 女の子は驚いて転んでしまったらしい。膝を擦りむいて泣きわめく女の子に、周囲の子どもたちの視線は冷たい。
 私は女の子に近付いた。女の子は泣きながら私を追い払おうとしたが、私は無視して近づいた。そして、ぱん、と手を叩く。傷を治す簡単な魔術だった。
「ほーら、治った」
 それだけ言うと、じゃあね、とすぐに立ち去る。私がシャーナであることが理由で、彼らともめる可能性もある。本当は仲間に入れて欲しかったけど、私はカーリィ兄のお手伝いをしないといけない。
 カーリィ兄は何処だろう、と探す。人混みの中をちょろちょろ動いていると、ちょっと、と呼びとめるような声を聞こえた。
 振り返ると、カサンダという青年と青年によく似たおじいさんがいた。
 おじいさんはしゃがみこんで私の両手を握った。しわくちゃで乾いたかたい掌はとても大きくて温かかった。
「ありがとう。ありがとう、シャーナの魔術師さん。うちの馬鹿息子を助けてくれて。奴らが逃げてくれたおかげで、うちの馬鹿息子は助かったよ」
 シャーナの魔術師、という言い方は、あまり好きにはならないような呼び名だったけど、このおじいさんの声で紡がれるシャーナの魔術師、という呼び名は大好きだった。身分差別は嫌だけど、この優しいおじいさんと同じシャーナであるという事実が、無性に嬉しかった。
 たとえシャーナの中に、やり場のない怒りを子どもにぶつける人がいたとしても、仲間を身分で愚弄する人がいたとしても、このおじいさんがいるだけで、私はシャーナで良かったな、と思うことができる。
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