5
鎖を引き摺る兄弟へ
「ウェルティア王子はそのことを御存知なのですか?」
もし、ウェルティアがこれを知っていたとすれば、ヴァルシアに刃を向けるようなことはしないだろう、とレナーサは思っていた。
「言うわけないだろう。私が王妃に呪いをかけられたことを告げれば、優しく律儀な兄だ。私を恨まなくなるだろう」
ウェルティアに対する認識は間違っていなかったと安心する反面、レナーサの中に新たな疑問が浮かんだ。
「どこか不都合があるのですか?」
そう尋ねると、ヴァルシアは弱々しく微笑んだ。
「せめて兄には、自由に恨んで貰いたいんだよ」
そう言いながら、ウェルティアは咳き込んだ。
「悪いね、君に酷いことをした人なのに、私は未だに兄を兄だと思っている」
ヴァルシアは咳と共に苦しそうに言葉を零した。
「殿下、良いのです。当然のことです。そして、それはとても大切なことです」
ヴァルシアとウェルティアが幸せになるために、それは必要なのだ。
「殿下、ウェルティア王子が連れていた私の友人の魔術師を覚えていますか?」
ヴァルシアは、ええ、と戸惑いつつ頷いた。
「彼女なら、呪いを解けるかもしれません。彼女とは連絡がつきませんが、会った時には頼んでみます」
「彼女の隣には兄がいるよ」
レナーサの提案にヴァルシアは間髪入れずに言った。その言葉に、思わずレナーサは微笑を浮かべた。
「彼女は確りと手綱を握ってくれるでしょう」
レナーサはヴァルシアを安心させるためににっこりと笑うと、続けた。
「正体不明の呪いなど心配で仕方がありません。宮廷魔術師が駄目なら、彼女に頼むのが一番でしょう」
レナーサがはっきりとそう言うと、ヴァルシアは少しだけ困ったように笑った。
「確かに相当腕の立つ魔術師らしいね」
そう言って、ヴァルシアはゆっくりと息を吐いた。
「レナーサ、心配してくれてありがとう」
ヴァルシアは目を細め、ふわりと笑う。
「当然のことです」
レナーサがはっきりとそう言うと、ヴァルシアは、ごめんねとくすくすと笑いながら謝った。
「呪いを解こうと思えたよ」
最初よりも幾分か明るい声だった。
「解きましょう」
レナーサは力強く言った。ヴァルシアが呪いは罰なのだと考え、解くことを諦めていたことはレナーサも薄々気付いていた。
レナーサの隣にいた人物は、放っておくことができないような人間だった。罪の呵責に自ら苦しむ道を選ぶような酷い精神状態にあった。レナーサはリーファの数ヶ月前の言葉を思い出した。レナーサ、支えてあげなよ、という言葉を噛みしめながら、苦戦を強いられているであろうリーファを想った。
不幸に不幸を重ねてきた兄と、その一番の理解者であるがために苦しむ弟。兄を兄だと思っている、という言葉は決定打だった。目指すは不幸な兄弟が解放され、かつてのような関係に戻ることだ。
ヴァルシアが眠りに落ちたのを確認してから、レナーサは部屋を出た。廊下には煌々とシャンデリアが輝いていた。