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なよ竹のかぐや姫
満月の夜、迎えに行く。それまでに逃げ出したら、背後から斬り殺してやる。
それが、ビアンカを介して伝えられた言葉だった。つまり、シュウは相変わらずである。
迎えに来てくれるというのは嬉しいのだが、リーファは困惑していた。たとえ、迎えが来ようとも、リーファの罪は晴れない。ただ、その罪は深まるだけなのだ。
リーファは、腕に刻まれたメイルを示す文字を見た。リーファのこの状況に、神が関与したことは確実だ。身分を表す刻印は、魔術ぐらいでどうかなるものではない。神は何故リーファを殺さなかったのだろうか。その答えは、簡単に出た。
「私は強くはないけど、あんたに嘗められる程、堕ちてはいない」
それは、良い意味でも、悪い意味でも、ということである。
リーファは、夕方までの仕事を終え、自室の堅いベッドに腰掛け、窓の外の夕焼け空に目をやった。ビアンカは、満月まで毎晩来ると言った。今日も来るだろうか、と思っていると、扉をノックする音が聞こえた。
誰だろう、と思いながら、どうぞ、とだけ言うと、ゆっくりと扉が開く。
「エウラドーラ」
「ローリア様、どうかなさいましたか?」
私は今エウラドーラだ、と心の中で呪文のように呟きながら、リーファは頑張って穏やかな笑みを作った。言いたいことは山程ある。しかし、ここを穏便にやり過ごさなければ、全てが駄目になる。
「とうしたのですか? そのような浮かない顔をして」
リーファは、シュウのことを考えると溜息が出た。それで一日過ごしていたところを、目敏く察知されたらしい。
「申し訳ございません」
申し訳ないのは、お前の存在だ、と思いながらも、リーファは耐える。
「謝ることはございません」
ローリア、否、エレカ。セフィリス・サラヴァンのただ一人の妾の名前だ。妾と言いつつ、正妃がいるわけでもなかったのだが。
セフィリス・サラヴァンが、色々とやらかした所為で、乱れた魂の流れを伝って転生してきたのだろう。勿論、バルベロと違い、自分の意志でこの世に生まれてきたのだろうが。
リーファは、シュウに対しては思うことがあったが、ローリアに対しては何も無かった。それは、セフィリスがエレカのことをなんとも思っていなかったためではなく、自分の意志でここにいるからである。
「そういえば、最近、よく月を見ていますね」
リーファはぎくりとした。そして、ローリアの微笑に、僅かに表情を歪める。ビアンカと一緒にいるところを見られたらしい。
「もうすぐ満月です。」
リーファは、なるべく平然を装った。
ローリア、否、エレカは、リーファを見ていない。セフィリス・サラヴァンの魂しか見えていないのだ。神にリーファの方が覇王だと教えられ、頼まれ、喜んでリーファを引き取ったのだろう。
リーファは、そこまで考えてある疑問が浮かんだ。
シュウは、何を見ているのだろうか。
窓の外の月は、満月を迎えようとしていた。